ネトゲ廃人からの脱出

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「非モテSNS」副管理人の西村本気さんは17歳の元“ネトゲ廃人”だ。今年1月に半生などを著書にして出版。6年間の引きこもり生活にひと区切りつけた。「いまはリア充です」――遠回りしたが、青春の真っただ中にいる。
両親の離婚にショックを受け、12歳のころから引きこもるようになった。中学校にはほとんど行かず、ネットゲーム(ネトゲ)に没頭した。2日間寝ずにプレイすることもざら。西村本気さん(17歳)は、気づけば“廃人”になっていた。
一念発起して勉強に励んだこともある。高校の生徒会で活躍したことも。だが「ネトゲの方が楽しい」と再び引きこもりがちになった。高校は1年で中退。生活するのに必要最低限の金をアルバイトで稼ぎ、残りの時間はネトゲにいそしんだ。
そんな毎日が大きく変わりはじめたのは、昨年6月ごろ。西村さんが自身の半生やネトゲ廃人へのインタビューをまとめた本を執筆することになり、今年1月に「僕の見たネトゲ廃神」(リーダーズノート刊、224ページ)を出版した。
2月には「非モテSNS」の副管理人に就任。約20人の運営スタッフをまとめている。「積極的にユーザーと絡んでいるんです。ネトゲよりリアルの世界は広い。いまは人生を楽しんでいます」とうれしそうに話す。“ネト充”から“リア充”に――17歳のいまを追う。
なぜネトゲにハマるのか
ネトゲに熱中するあまり、睡眠や食事もとらずにプレイするなど、健全な生活が送れなくなった人を「ネトゲ廃人」と呼ぶ。西村さんも1年ほど前まではネトゲ廃人だったという。一体どんな経緯でのめりこむようになったのだろうか。
西村さんが12歳のとき、両親が離婚した。仲が悪かった父親に引き取られ、精神的に追い詰められたという。学校を休み、父親が自宅にいない昼間を一人で過ごすのが唯一の楽しみに。徐々に引きこもりがちになり、ネットで時間をつぶすようになった。
ネトゲは、たまたま見かけたバナー広告で知った。ゲーム機を持っていなかった西村さんは、ネット上でゲームができることに感激し、やってみることに。2日間続けてプレイし、少し寝てまたプレイする――そんな日もあるほどのめりこんでいった。
ネトゲの楽しみは、ほかのユーザーと対戦したり、アバターを着せ替えたりすることよりも、親しくなったユーザーとチャットで会話することだったという。学校に行かず、家族との会話も少なかった西村さんにとって、チャットは唯一のコミュニケーションの場だった。
高校デビューするも……
引きこもり生活が変わり始めたのは中学3年生のころだ。学校に来るよう熱心に励ます担任教師に心を動かされ、西村さんは学校に通うようになった。分からないところをネットで調べたり、ネトゲの仲間に聞いたりしながら、受験勉強にも励み、高校に無事合格。「高校デビューしよう」と張り切っていた。
入学後2カ月間は順調だった。生徒会にも入り、活動した。だが、「引きこもりが長かったせい」か、学校の友達への気の遣い方が分からない。「チャットの方が楽しい」。学校へ行くのは、当時はまっていたネトゲがメンテナンスで利用できなくなる毎週木曜日だけになった。
出席日数は足りず、成績も散々に。教師は「もう今から頑張っても遅いよ」と言った。気づけば、すっかりネトゲの世界へ逆戻り。ネトゲにハマった人を追った本の企画で、出版社のリーダーズノートから、“ネトゲ廃人”として取材を受けたりもした。
留年してまで学校に行きたくないと、08年10月に退学。「どこで間違えたんだろう。あっさりと1年経たずにやめることになるなんて」と後悔する反面、「またネトゲができる」とうれしい気持ちもあった。生活に最低限必要な月5万円をアルバイトで稼ぎ、残りの時間ほとんどすべてをネトゲにあてるようになった。
「スレた目」が変わりはじめた

無気力な毎日が変わり始めたのは昨年6月ごろだ。1年前に取材されたときの内容をまとめた本「ネトゲ廃人」が発売された。複数のネトゲユーザーとともに西村さんも登場し、「スレた目をしている」と紹介されていた。本は8万部売れたという。

この本がきっかけで、リーダーズノートのオフィスにも遊びに行くように。社長に気に入られ、「本を書いてみないか」と誘われた。今度は自分がゲーマーの視点からネトゲの世界を紹介したいと、執筆を引き受けた。バイトを辞め、出版社で雑用を手伝いながら、原稿を書いた。

著書「僕の見たネトゲ廃神」。帯には「愛の無いこの世界から、魔法を求めて旅だった」と書かれている

そして半年かけて完成させたのが「僕の見たネトゲ廃神」だ。ネトゲで出会った人や自身の半生を振り返る内容。4カ月間も風呂に入らずネトゲに没頭する人から、ネトゲ中に席を立つのが面倒だからとペットボトルで用を足す「ボトラー」まで、“廃神”が次々登場する。

初版は2万5000部で、2月半ばにさらに5000部増刷するなど、売れ行きは上々だ。「ぼくの人生が17歳にしては波乱万丈だからかも」。山手線の車内で、偶然著書の広告を見かけ、「もう乗れないな」と照れることもあるという。

「いまはリア充」「ネトゲは続ける」

出版社での経験は「何もかもが新鮮で楽しかった」という。「仕事をしないこと、ネトゲをすることだけが自由なんじゃない。本当に心から楽しめる今こそが自由なんだと気づいた」と著書で明かす。「ネトゲの世界よりリアルは広い。もう廃人になりたくない」と、西村さんの気持ちが変化していった。

「いまはリア充です」と笑う。平日は自身の本の営業で全国の書店を回り、その様子をブログにつづる。休日は、演劇の制作を手伝ったり、非モテSNSの運営スタッフとしてオフ会の企画などを担当している。

今年2月には非モテSNSの副管理人に就任。約20人の運営スタッフをまとめている。「非モテSNSがめちゃくちゃ楽しいです。居心地よすぎてモテなくていいんじゃないかと思うくらい」と西村さんの声が弾む。非モテSNSの管理人・えがちゃんは、「ほかのスタッフからかわいがられている。積極的で行動力もある」と期待を寄せる。

ネトゲは暇なとき1~2時間プレイする程度に減った。ネトゲのチャットで昔からの友人と少し会話して満足しているという。「ネットでのリアルタイムのコミュニケーションの楽しさを知っているし、これはこれで大事にしていきたい」と、ネトゲを止めることはしないつもりだ。

今後は出版社での仕事を続けていきたいと考えている。高校を退学したことはもう後悔していない。「同年代よりよっぽど面白いことをしている。いまは人生を楽しんでいます」――西村さんの笑顔がはじけた。

「東京都青少年の健全な育成に関する条例」に関して

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非実在青少年。どういう意味だろう。
「不在地主みたいなものか?」
「むしろ無産階級かと。不在小作人。でなければ透明労働者?」
「前衛気取りのたわごとだろ。可塑的必然性みたいな。70年代に流行した思わせぶりのパラドックス。それだけの話さ」
「ズバリ” Nowhere man “だな。ビートルズの歌にある。邦題は「ひとりぼっちのあいつ」。イエローサブマリンの主人公にして自失したインテリの象徴。具体的にはナリのデカい迷子ってとこかな」
「不登校の言い換えかもしれないぞ」
「素直に読めば無戸籍児童の成れの果てだろ。無戸籍で無国籍な法令上のブラックホール。人権のエアポケット。哀れな……」
「違うね。正反対。非実在青少年は、子ども手当受給のために近未来の悪党が捏造する実体を伴わない戸籍だよ。戸籍上だけ存在する幻の扶養家族。クニに置いてきたとか言って、山ほど申請者があらわれると思うね」
「普通に虚無的な若者の自分語りだよ」
「確かに、虚無的な連中に限って自分が大好きだったりするからな。で、私は実在しないだとかなんだとか、そういうポエムを書くわけだよ。ぐだぐだと」
「で、永遠に自分探しをするわけだ」
「名刺の住所が『旅行中』だったり」
「永遠のジャック&ベティ」
「おお、ジャック・ジョーンズ。懐かしい」
「『ぼくは少年ですか?』という奇妙な質問をいまだに繰り返しているんだろうか?」
「ぼくは不在ですか、ってか?」
結局、「非実在青少年」は、字面だけでイメージを確定できる言葉ではない。
あまりにも意味不明。というよりも、多義的過ぎて着地できない。
調べてみると、これは、東京都がこの3月に都議会に提出した「東京都青少年の健全な育成に関する条例」(青少年育成条例)の改正案の中に出て来た言葉で、その意味するところは、「漫画やアニメに登場する18歳未満のキャラクター」らしい。30日に本会議で採決され、可決されれば10月から施行となる。原文は以下の通り。
「年齢又は服装、所持品、学年、背景その他の人の年齢を想起させる事項の表示又は音声による描写から十八歳未満として表現されていると認識されるもの(以下「非実在青少年」という。)を相手方とする又は非実在青少年による性交又は性交類似行為に関わる非実在青少年の姿態を視覚により認識することができる方法でみだりに性的対象として肯定的に描写することにより、青少年の性に関する健全な判断能力の形成を阻害し、青少年の健全な成長を阻害する恐れがあるもの」(「東京都青少年の健全な育成に関する条例の一部を改正する条例」第七条の改定案より。第七条は「不健全な図書等の販売等の規制」を扱う箇所。改正前の同条例はこちらから)
条例の改定案は、児童ポルノを規制する内容を含んでいるものなのだが、その施行にあたって提案者側は、「実在していなくても、全体として青少年(18歳未満)の特徴を備えたキャラクター」、すなわち、「非実在青少年」を性の対象として描写することを禁じなければ、実効ある規制にはならない、と考えたわけだ。
萌えイラストやCGの少女が性行為をする、みたいな作品は、たとえ現実の子供が被害者になっていなくても、その作品を見ることになる青少年の健全な育成にとって有害であるがゆえに規制せねばならない、と。
規制推進派の見解から私が読みとった限りによれば、現行の法律でマンガやアニメに網をかけるのは難しいらしい。なんとなれば、架空のキャラクターには「被害者」が実在しないから。さらに、架空のキャラクターは児童ポルノ法で取り締まる際の構成要件である「18歳未満」と特定することも難しい。作品の中ならばどうみても学童年齢の少女に
「私は175歳です」
と言わせることもできるから。そこで作中の設定はどうあれ「見た目が18歳未満ならば、取り締まりの対象にできる」ということにした。
なるほど。
つまり彼らは、萌えイラストを法の網にかけるために、新しい概念を発明したのだね。
非実在青少年。なんというバーチャルリアリティな情熱。
もっとも、条例案は、実在しない青少年の人権を守ろうとしているのではない。いくらなんでもそこまでブッ飛んではいない。むしろ、バーチャルなキャラクターを仕立てたおとり捜査に近い(なお誤解がないように言っておくが、もちろん問題は「性交又は性交類似行為に関わる」描写にあるわけで、普通に非実在青少年のイラストを描いただけで条例違反というわけではない。うむ、今回のイラストは明らかにおとりだった。すまない)。
*     *     *
21世紀の文明国は、各種の「変態」的な性描写について、寛大に構える傾向にある。
つまり、「どんな種類の性的偏向であれ、同好の士が閉じたサークルの裡で楽しんでいる限りにおいて、お上は、あえて規制には踏み込まない」というのが現代的な流れだということだ。サディズム、マゾヒズム、同性愛、各種フェティシズム、あるいは、「○○専」という言い方で分類される畸形的な倒錯傾向であっても、表通りに出て来ないのであれば黙認される。勝手にしろ、と。
別の見方をするなら、自らの性的嗜好のうちに何らかの逸脱傾向を内在させている人々は、意外なほど数が多いということなのかもしれない。となると規制なんか不可能だぞ、と。さらに踏み込んだ言い方をするなら、「変態」についての問題は、「欲望の分野に『普通』なんてものが存在するのか?」という非常に厄介な問いを含んでいるわけだ。
あるのだろうか?
私は答えを持っていない。というよりも、私の「普通」が、世間の「普通」とどんなふうに違っているのかについて述べることが、そもそも「普通」ではないということだね。
語ること自体、変態ですよ。
児童ポルノは話が別だ。これについてはどこの文明国でも特殊な扱いになっている。というのも、児童ポルノが対象としている性的なターゲットは、「同好の士」ではなくて、われわれの子供たちだからだ。
当然、話はSMクラブや出会い系におけるあれこれとはまったく違う展開になる。子供という無防備かつ回復不能な存在に対して、性的な行為やトラウマを刻印することは、誰であれ、許されることではない。でなくても、児童ポルノは、「趣味の問題」として相対化できるカテゴリーではない。どこの国でも明々白々たる犯罪として当局の取り締まりの対象になっている。当然だ。
さて、それでは、絵に描いた児童を性的な対象とする作品を、我々はどう評価すべきなのだろう。
これが、今回の論点だ。

「別にオッケーなんじゃない? 被害者いないんだし」

「いいえ。問題は被害者の有無ではありません。児童を性的に扱うという趣味性のおぞましさそのものが問題なのです。絵であれCGであれ音声であれ、子供を性的な関心の対象とするということ自体が規制されなければ、問題は解決しません」

と、議論は、おおよそ二つの方向で闘わされている。

日経ビジネスオンライン読者の多くは、「規制」の側に重心を置いている、と、私は推察している。平均値としては

「規制は当然。ただ、表現の自由を抑圧しないように注意を払う必要がある」

ぐらいだろうか。

規制に原則反対である人でも、ブツを見せられると、規制派に転向する組はけっこういるはずだ。

そう。見たことの無い人がはじめて現物を見ると、あれはとてもキツい。目を疑う。っていうか、直視をはばかる。そういう描かれ方の代物になっている。全部がそうではないという人もあろうが、そういうものはない、と言い切る人はいまい。

だから、こういう物件を見せられた上で、

「こんなものが必要だと思いますか?」

と問われたら、たぶん、子を持つ親のうちの九割は、一も二も無く

「不要」

と答えるはずだ。

「不要であるのみならず有害かつ不快。よって、こんなものはただちに消去すべきです」

と、怒りをあらわにする向きも、少なくないはず。当然の反応だ。学齢期前に見える子供がマジな性行為を強要されている絵柄を見て、それでもなお利口ぶってリベラルな表情を浮かべているのは、やはり特殊な人間だ。

が、私の思うに、真の論点は、露骨な描写の漫画作品を見てどう思うかというところには無い。

というよりも、ここを論点にしてはいけないのだ。

間違いの元。ヒステリーの焦点。場が荒れるだけだ。

児童ポルノ作品が、多くの一般人にとって不快な存在であることは、これは、議論以前の問題で、見ればわかることだ。誰だってあんなものを学校の図書館に置きたいとは思わない。

が、それを規制するということになると、それはそれで厄介な問題が別枠で浮上する。現在、問題になっているのはそこだ。

規制に反対する人々は、規制の倫理的根拠に疑義を表明しているのではなくて、むしろ規制がもたらすであろう弊害について懸念している。ゴキブリを駆除するのにナパーム弾を使うのは、過剰反応ではないのか? と。ここのところを見誤ってはならない。

改定案への意見具申を行った、東京都知事の付属機関である「東京都青少年問題協議会」の専門部会の議事録(こちらから)を読むと、悪質な児童ポルノ作品を資料として机の上に展開しながら、委員の人々が、次第に冷静さを失っていく様子が目に浮かぶ。

ああいうものを見せられて、それらがネットや携帯電話などを介して小学生でもアクセス可能、という前提の中で話をしていれば、当然、議論は過激化する。

でも、現実社会でも同じことだが、「到達可能」であることと「あえて踏み込む」ことの間には、相当な距離があるものなのだ。

リアルな世界でも、小学生が歌舞伎町を訪問することは可能だし、バスの切符(パスモ?)を買えば新宿二丁目で降りることだってできる。が、だからといって、「歌舞伎町を浄化せよ」だとか「二丁目を焼き尽くせ」と言う人はいない。ん? 石原都知事が言ってた、と? では言い直す。よほどアタマがアレな人でない限り、青少年にとって有害だからみたいな理由で現実の町を消そうと考える人間はいない。

とにかく、実際問題としては、「子供の目に触れる可能性がある」ということと、「子供が見る」ということは同じではないし、まして、仮にそうした有害ポルノが子供の視野に入ったのだとしても、だからといって、それがただちに彼らの性的な嗜好を決定するものではない。風俗街と同じことだ。そういう場所には、いつしか、子供が寄りつかなくなる。で、「あえて地雷を踏みに行く人」だけが歩く町になる。それで良いのだ。

議事録を拝読して思うのだが、委員の皆さんは、欲望と愛情を、正反対の概念であると考えているのかもしれない。でなければ、「愛情が介在すれば欲望は浄化される」ぐらいに。あるいは、「たとえ結果として性行為を志向する精神作用であるのだとしても、愛情に根ざすものは『情熱』と呼ばれるべきで、『欲望』などと表現すべきではない」てなところで両者の融和をはかっている可能性もある。

が、愛情と欲望は、同一物でこそないものの、異母兄弟ぐらいな存在ではある。いずれが兄であるのかは言わないが。

ショーペンハウエルは、こう言っている。

「強姦によろうと結婚によろうと、神の目から見れば子供を産むという同じコースでしかない」

いや、私は愛情をクサしたくてこんなことを言っているのではない。ただ、世の中に「正しい性欲」と「変態性欲」があるとする立場に若干の疑義を表明しているだけだ。

欲望の傾向について言うなら、せいぜい多数派と少数派がいるというだけで、少数派のバリエーションについていうなら、われわれの想像力の及ぶ限りのものはすべて揃っている。そういうものなのだ。

恋愛の世界でも、「正しい恋愛」と「道ならぬ恋」は、なだらかな境界領域をはさんでほぼ並立している。人は自分にふさわしい相手だから惹かれるわけではないし、交際してメリットがあるという理由で恋に落ちるのでもない。だからこそ人々は、時に他人の配偶者に慕情を抱くのだし、上司の愛人のメアドみたいな地雷だらけのトラップを無視できなかったりするのだ。さよう。この道に正解は無い。

児童ポルノについても同断。

世間の親御さんの安心立命のためには、「子供好きの青年」と「小児性愛者」は、まったく別の、かけはなれた、小鳥と蛇ぐらいに性質の違う人間であってくれた方がありがたいのであろうが、現実には、彼らの間には、なだらかな境界領域があるばかりで、「子供好きで熱心な教師なのだけれども、若干ロリな気味もあって、実家の納戸には高校時代に集めた萌えイラストが大量に保管されていたりする」28歳が、娘さんの担任に就く可能性は、これは、簡単には排除できない。非常に残念ななりゆきだが。

いかにおぞましくても、我々の社会の中にそれは確実に存在する。

どう規制したところで、消すことは不可能だ。

「ない」ふりをすることで、警戒心を下げてしまうリスクもある。

*     *     *

結局、明らかなわいせつ物については、既に裁く法律が整備されている。

その運用で間に合わないレベルの新たな禁忌を発明するのは、屋上屋であるのみならず、有害な措置になる可能性が高い。

「現行法の及ばない新しいタイプの変態性欲が登場している以上、それを裁く新しい法律を作らないと法のアナができてしまう」

と、彼らは考えているのかもしれない。

違うと思う。

新しいギミックがあれば、新しい描き方が生まれ、新機軸の画材が登場すれば、それを使ったこれまでにない絵が出来上がってくる。でも、描かれている主題は、そんなに変わらない。絵を描く人間の目は、大きく見れば不変なもので、色鉛筆で描いたのであれ、フォトショップで描いたのであれ、リンゴはリンゴで、ワカメはワカメになる。タッチや手法の違いはあっても、主題は同じ。美も。情熱も、だ。

であれば、現行法の枠内で、ポルノはポルノとして、十分に規制できるはずだ。規制できないと考えるのは、規制の条件を形骸化&機械化(「毛が映っているかどうか」とかみたいな、アタマの悪い判断基準への固着)させてしまっている現場の怠慢だ。

めんどうくさがるのはよくない。

だから、めんどうくさい材料をさらに提供しておこう。

谷崎潤一郎の一連の作品や、川端康成の一部の小説には、よく読めばかなりあからさまな変態性欲が描かれている。

が、素材として少女性愛を扱っていても、主題としてフェティシズムを中心に据えていてさえ、彼らの作品はポルノグラフィーにはならない。どんな描写があろうと、全体としての印象は「人間存在の不可思議」や「運命の残酷」を描いた第一級の作品になる。そこのところが芸術の芸術たる由縁で、要するに性描写の有無が作品のわいせつ性を決定するわけではないのだ。あたりまえの話だが。

同じように見える作品でも、たとえば調子ぶっこいた若い奴が障子紙に不作法をはたらく湘南ブランド御用達の武勇伝文学や、ビジネスマン向けの新聞に連載された老年不倫情死小説は、ポルノでこそないものの、芸術には届かない。要は、作品次第ということだ。

別の立場から見れば、たとえば、源氏物語などは、網のかけ方次第では、十分、児童ポルノに分類できる。原本自体は、難解な文体(っていうか単に悪文なわけだが)ゆえに、教養の無い読者には読みこなせない、だから、「源氏を読みこなす読解力のある人間なら、ポルノなんかに影響を受けるはずがない」ぐらいなところで、現実には、規制を免れるかもしれない。どうせ当局の人間は、権威主義のカタマリなわけだから。

でも、源氏を現代語に訳した上で具体的な挿し絵をつけたら、無事では済まない。タイトルを変えたら、まずアウトだ。古典オーラを失ったら、あれはけっこうヤバいポルノになる。だって、美形の幼女を拉致した上で、密室飼育して理想の愛人に……というストーリー自体、あまりにも……

逆に考えれば、紫式部の時代から児童ポルノはあったということだ。そう思えば、「青少年を性的対象として扱う現代の風潮」という、改正案の中の記述は、そもそもが勘違いだったということになる。

もちろんこれは混ぜっ返しに近い。協議会の委員の方々が真摯に論じられたことは理解している。「例えばセックスのものすごい過激な、乱交の場面を書くとしても、その場面を書くことで、人間の肉体というものがどうしても感情と関わってきてしまうんだというようなことを書こうとすれば、その描写というのはどうしても必要になってくる」という発言もあった。「漫画と文学は全く違うと思います。アニメ、漫画と言っているので、文学の世界でどういう表現が認められて、世界的な作家がどうというのは全く関係がない」と言われると、ちょっと鼻白むけど。(※)

(※ 発言はどちらも第8回専門部会の議事録から引用。「世界的な作家がどう」とは、村上春樹氏の『1Q84』を指す)

規制をするならするで、それに先だって法整備をせねばならない。検閲をするならするで、その際には、事前に、有識者なり委員会なりにはかって「有害ポルノ」と「無害な作品」の間にきっちりとした線引きをしておく必要がある。

容易なことではない。というか、きわめてややこしい。

なだらかな境界領域のどこに線を引くかで、施行前も後も何度も何度も揉めるだろう。

それでいいのだ。

世の中にはやっかいな大人たちがいて、それをどこで押さえるべきかで悩み、規制に努力している大人もいる。

それこそを、青少年に知らしめるべきだ。

「非実在青少年」は、そこを逃げている。

「めんどうくさいから、人もゴキブリもナパームで……」

というのは、実在の青少年に見せるべき大人の態度ではないように思う。

(文・イラスト/小田嶋 隆)

親が幼児の裸体を販売

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親が娘の体「商品化」 児童ポルノネット売買 宮城県警摘発

大河原署が押収したDVDやパソコンなどには多くのポルノ画像が収められていた。ネット上に流出すれば、消し去ることは難しい

児童ポルノがインターネット上にはんらんし、売買を誘引する闇サイトが、被害とわいせつ画像・動画の拡散に拍車を掛けている。親が、幼い娘の裸体写真をネットを使って販売した児童買春・ポルノ禁止法違反事件を捜査中の宮城県警大河原署などは12人を逮捕・送検し、関係先から数万枚に上るポルノ画像を押収した。複製し、闇取引される画像の広がりは未知数で、知らぬ間に子どもが背負う被害の大きさは計り知れない。(報道部・遠藤正秀)

「あなたの行為は幼児虐待で、子どもの心に傷を残したことは間違いない」。仙台地裁の法廷で10月下旬、裁判官が被告席に立った兵庫県のパート職員女性(23)=一審有罪=を一喝した。
この女性は今年1月、携帯電話の闇サイトで知り合った堺市の無職女性(20)=同=から渡されたデジタルカメラで娘の裸を撮影し、約10万円の報酬と引き換えに画像を送信した。娘は当時、わずか2歳。小遣い稼ぎが目的だった。

大河原署が9日に逮捕した茨城県小美玉市、無職女(37)は、10年ほど前から娘(13)のポルノ画像の提供に協力。東京都北区、無職男(46)=同法違反の罪で起訴=から、300万円近い報酬を得ていたという。
同署の調べに、小美玉市の女は「娘が嫌がることはさせなかった。罪の意識はなかった」と供述しているが、同署によると、少女は幼児のころから繰り返されたわいせつ行為で、被害感情を持てなくなっているという。

県警幹部は「少女が虐待行為を受けて嫌悪感を抱かないのは、裏返せば今後の人格形成の上でより深刻なこと。家族や少女にとっての試練はこれからだ」と説明する。
大河原署が、今月上旬までの約半年間に逮捕するなどした母親らは1都6県の計9人。いずれも、出会い系や使用済みの下着を売買する裏サイトで知り合った男らと共謀し、娘や妹のポルノを製造したとされる。

一連の事件で、県警が押収した数万枚のポルノ画像の一部は、堺市の女性が販売していたことが判明している。ネット上で今後、どのような形で少女らの画像が流出するか想像はつかない。
「今回押収したのは、氷山の一角。出回ってしまった少女らのポルノ画像を完全に消し去ることは難しい」。県警幹部は、娘や妹を「商品」にした軽率な行為に憤りを隠さない。

甲南大法科大学院の園田寿教授(刑法、サイバー法)は「世界的に見て、日本は児童ポルノに対する規範意識が低い。安易に第三者に売り渡すことで、大勢の人の目にさらされる危険性がある。子どもにとって、性的虐待に等しい行為だということを再認識すべきだ」と指摘する。

[児童買春・ポルノ禁止法をめぐる最近の動き] 警察庁によると、同法違反容疑で昨年、逮捕・送検されたのは全国で412人。インターネットの普及や匿名性から、犯行は増加の一途をたどっている。こうした状況を受けて、警察庁は今年6月、「児童ポルノ根絶に向けた重点プログラム」を策定。警視庁は11月、少年育成課に専従捜査チームを設置し、取り締まり強化に乗り出した。現行法は、個人が趣味で画像などを持つ「単純所持」を禁じておらず、欧米から対応の遅れが指摘されている。中井洽国家公安委員長は今月上旬、関係省庁による連絡会議を発足させる方針を示した。

小学6年生のネット利用率 88%

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小学6年生のインターネット利用率は88%、gooリサーチ

NTTレゾナントと三菱総合研究所が共同で提供する「gooリサーチ」は12日、小学生のインターネット利用に関する調査結果を発表した。小学6年生のインターネット利用率は88.0%に達する一方、保護者の「情報モラル」の理解は18.6%にとどまった。

調査は、小学生向けポータルサイト「キッズgoo」上で、小学生の子供を持つ保護者を対象としてアンケートを行ったもの。調査期間は2009年9月17日~9月29日。有効回答者数は7657人。

小学生のインターネット利用率は、学年が上がるごとに割合も増加。小学1年生が47.4%、2年生が54.8%、3年生が63.7%、4年生が 75.3%、5年生が82.7%、6年生が88.0%と、ネットアンケートという条件下ではあるものの、高い利用率となっている。インターネットの利用を開始した学年は、小学1年生が21.6%で最多。以降は、3年生が19.6%、4年生が16.6%、入学以前の3~5歳が16.5%など。

子供がインターネットを利用したきっかけは、「親が教えた」が49.8%で最多。次いで「学校の授業で学習した」が27.7%で、「独学(自力)で使うようになった」は9.3%。

家庭でのフィルタリング機能(サービス)の利用率は25.6%で、前年度調査(20.8%)からは増加。フィルタリングを使っていない理由は、「不適切なページにアクセスしないと思っているので必要無いから」が53.3%、「大人が使うときに不便だから」が22.1%などとなっている。

子供が自宅でインターネットを利用する際に設けているルール(複数回答)は、「1日30分まで」などの接続時間に関するものが35.4%、「宿題を終わらせてから」などの利用条件に関するものが34.7%、「ショッピングサイトは見ない」など利用するサービスや閲覧するページに関するものが28.3%。また、「(ルールは)特に設けていない」という回答は23.7%。

子供のインターネット利用目的(複数回答)は、「ゲーム」が63.7%で最多。以下、「検索(勉強や宿題のため)」が53.9%、「検索(趣味・娯楽に関するもの)」が53.3%、「Webサイトの閲覧(ネットサーフィン)」が31.1%、「Web学習(オンライン学習)」が18.7%。

「情報モラル」という言葉の認知については、「知っており、どんな内容かも知っている」と回答した保護者は 18.6%。「知っているが、どんな内容かは知らない」が13.1%、「なんとなく言葉を聞いたことがある気はする」が37.6%、「初めて聞く言葉である」が30.7%。小学生にインターネットや情報モラル教育を行うのは誰が適当か(複数回答)という質問では、「主に家庭で親が教える」が前年調査の 75.1%から63.1%に減少し、「主に学校で教師が教える」が前年調査の13.5%から28.0%に増加した。

ケータイネット世代

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ケータイネット世代のきもち
1 PC世代が知らない、若者とケータイの密な関係

2008/05/01
高橋暁子

ケータイのことも、ケータイ世代のこともわからない。オトナ世代からタメ息と共にそんな声が聞かれる。「なぜわざわざインターネットをケータイで……」「なぜ文字を打ちづらいケータイで……」。一見、ケータイに依存しているようにも見える若者世代は、普段どんなコンテンツをどんなふうに使っているのか。どんなコミュニケーションの取り方をしているのか。サービス事業者や利用者の声を交えながら、いまどきの”ケータイでネットをするのは当たり前”な若者たちのケータイ事情に迫っていきたい。
PC世代とケータイネット世代の違いとは

読者の皆さんは、ケータイのどんな機能を使っているだろうか。通話、メール、電車の乗り換え検索、SNSの閲覧や日記の更新、ワンセグ、ゲーム……。せいぜいこのくらいではないだろうか。ある限定的な処理をこなす道具としてケータイを使っている印象だ。しかし、同じ質問に対し、10代の若者たちはまったく違う回答を寄せる。プロフにブログ、ホームページの更新・閲覧、ケータイSNSでのコミュニケーション、ワンセグ、ゲーム、音楽、小説、漫画の閲覧……。ケータイの利用範囲が実に広い。とくにケータイネット用コンテンツの利用率が高い。パソコンはあまり使わず、多くの行動がケータイ内で収まっている。このあたりはオトナ世代とはまったく異なる点といえるだろう。

NTTドコモが「iモード」を開始したのは1999年。以来、すでに10年近い月日が経過したことになる。本連載でケータイネット世代と呼ぶ10 代~20代前半の世代が物心つく頃、彼らの目の前にはケータイで手軽にインターネットを楽しめる環境が用意されていた。20代後半~30代以降のPC世代が、OSのネットワーク設定やモデムの設定などに苦労しながら”インターネット接続に成功”したのと違い、いまどきの若者たちはありえないくらい軽やかにケータイを通じてインターネット世界に入ってきている。そして今、ケータイネットには彼らを魅了するコンテンツが溢れている。それは、ケータイネットを路線検索程度の実務的な用途にとどめるPC世代にはわからない世界かもしれない。

大まかに言ってしまえば、パソコンからインターネットに触れた世代と、ケータイからインターネットに触れた世代とでは、ケータイへの接し方も、それを通じて垣間見る世界の魅力も異なる、ということになるようだ。

もちろんメディアとしての愛着度も違うといえるだろう。資金力の問題で自分専用のパソコンやテレビを持てない若者世代にとって、ケータイは唯一の自分専用メディアとなる。資金を持ち、パソコンもケータイも併用できるPC世代より、メディアとしての重要性は格段に高い。若者世代にとって、インターネット利用やコミュニケーションの中心がケータイになるのは当然のことなのだ。
通話は5分でも長電話、ケータイ機能を使いこなす10代

若者がケータイを多用する背景には、「パケ・ホーダイ」(NTTドコモ)などのパケット定額制の普及があることは間違いない。「モバイル社会白書 2007」(NTT出版)によると、携帯電話のパケット定額割引利用者割合は、携帯ユーザーの33.4%だが、19歳以下だと57.8%にも上る。ユーザー全体と高校生ユーザーとで機能別の利用率を比べた結果、インターネット機能(iモードやEZwebなど)の利用率は全体で65%に対し、高校生は 77.8%と大幅に上回っている。着うた・音楽ダウンロード機能は全体が57.5%に対して高校生が68.8%、以下同様にゲームが41.2%に対して 49.5%、本や漫画を読む機能で8.8%に対して12.4%と、それぞれ高校生の利用率はすべての機能やコンテンツの利用において全体を上回っているというのだ。

2006年にNTTドコモが若者に”長電話の定義”を調査したところ、なんと「5分」という回答がもっとも多かったという。パケット定額制の普及で、「パケット通信=使い放題(安い)」「音声通話=有料(高い)」という認識が浸透しているためだろう。当然、ネットワークを介した間接的なコミュニケーションが中心になっていくわけだが、その過程で、彼らの間には「30分ルール」というものが誕生している。”30分以内にメールを返信しないと相手を嫌っていることになる”というものだ(3分ルールという話も聞く)。「メールはいつ読んでも、いつ返信してもいいもの」として捉えている大人世代と若者世代のギャップが感じられる話だ。

朝はケータイアラームで目覚め、移動中や外出先はもちろんのこと、テレビ番組の視聴中や就寝前の布団の中でもケータイを利用する人が多いというデータもある。お風呂場で利用する若者が多いため、富士通からは防水ケータイまで発売されている。
むしろケータイを使いこなせないPC世代が下流?

一時期、”ケータイ世代はPCを使えない下流”とする「ケータイ族下流説」が話題になったが、もちろんそんなことはない。「PCではなくケータイでレポートを書いて提出する学生も多い」(某大学講師)という話もある。ただしそれはPC用キーボードをまったく使えないというわけではなく、単純にケータイに慣れ親しんでいるため、いわゆる”親指入力”のほうが速く処理できるからなのだそうだ。ケータイネット世代も社会人になれば会社ではPCを利用するが、プライベートではやはりケータイを利用すると聞く。「使えない」のではなく「使わない」のだ。逆に最近では、「PC世代こそケータイを使えないのが問題」という論調のほうが強まってきている。

ケータイの利用形態も変わりつつある。現在ケータイメールの送受信総数はわずかながら減ってきており、これに反比例して伸びているのがケータイ向けコミュニティサイトのPV(ページビュー)数だ。「モバゲータウン」や「mixiモバイル」などのように、1日数億PVを稼ぐサイトもあらわれてきている。1対多数のコミュニケーションの場合、メールで同報配信するよりも、ソーシャルネットワーキングサービス(SNS)などのコミュニティサイトや掲示板で書き込まれた内容を確認したほうが便利と判断されているのかもしれない。メールなどのプッシュ型サービスから、コミュニティサイトと更新通知機能を使ったプル/プッシュ複合型サービスに移行する可能性もある。

20代の3人に1人は使っているといわれるほど生活に浸透し、今や1,500万の登録ユーザー数を誇る日本最大のSNS、mixi。2007年9 月、そのPVは、ケータイからのアクセスがパソコンからのそれを上回った。当時の月間PVは、PCからが59億2,000万件(07年6月比8.6% 減)、ケータイからは63億4,000万件(同20.3%増)だったという。もうPC世代もケータイを無視できないところまできているのだ。
PC世代よ、ケータイコミュニケーションを知ろう

今、ケータイを取り巻く世界では何が起きているのだろうか。知りたいと思っても、まとめサイトがない。PCとケータイは世界が分断されており、情報が入ってこない状態である。だからといって、ケータイネット世代のことも、彼らが夢中になるサービスも、「やっぱりわからない」で済ませてしまってはつまらない。ケータイ小説は程度が低い? ネットはPCでやるのが一番? ケータイコミュニティなんて子どものお遊び? まずは、少しでも”ケータイネット世代のきもち”を知ってから判断してほしい。そこで当連載では、ケータイでのネットコミュニケーションを中心に、PC世代が知らないケータイの世界を追っていく予定だ。ケータイ文化やケータイコミュニケーションを知る一助となれば幸いである。

2 著者と読者の距離感がカギ? ケータイ小説がウケる理由 – 前編

Amazon.co.jpのケータイ小説のレビューを見たことはあるだろうか。たとえば、2007年に新垣結衣主演で映画化された『恋空』の原作『恋空 ―切ナイ恋物語・上巻』(美嘉著)には、1,200件以上のレビューがついている。評価を見ると、そのうち約220件が”星5つ”、1,000件近くが”星1つ”と、極端な割れ方を見せる。”星5つ”の人たちは10代のファンが多いらしく、「感動した」「泣いた」という感想が多い。しかし、”星1つ”の人たちはオトナ世代が多いようで、「文章が拙い」「中身がない」などのかなりの酷評が目立つ。

しかし同時に、トーハンの調査によると、2006年(平成18年)の書籍文芸部門売り上げトップ10のうち3つをケータイ小説が占めたという事実もある。良くも悪くも、ケータイ小説が注目されていることは間違いない。ケータイ小説がウケた理由とは何なのか? 『恋空』などのケータイ小説を書籍化、出版しているスターツ出版書籍編集部プロデューサーであり、ケータイ小説サイト「野いちご」編集長でもある松島滋氏に聞いた。
ユーザーから火がついたケータイ小説

ケータイ小説は、当初高校生を中心に火がつき、中学生にまでブームが広がっている。このブームは出版社側やオトナが仕掛けたものではない。「知らないところでじわじわと広がって、気づいたら無視できない規模になっていた」(松島氏)ものなのだ。

スターツ出版が最初に書籍化したケータイ小説は、ケータイ小説の元祖とも言われるYoshi作『DeepLove』。2002年のことだ。「正直、 Yoshi氏というキャラがウケたのだと思っていました。まさかケータイ小説自体がブームになるとは」と松島氏は当時を振り返る。

2005年のChaco作『天使がくれたもの』は、読者から「絶対に本にしてほしい作品がある。とても泣ける作品で、これを読んで人生が変わった」と電話がかかってきたことが書籍化のきっかけとなった。「あけみ」というハンドルネームを名乗ったその女性読者は、電話口で1時間も熱く語った。「書籍化は決めたものの、正直それほど売れるとは期待していなかった」(松島氏)が、実際出版が決まると全国から予約電話がかかり、次々と書店から注文が入ってきて、その人気に驚いたという。
作者も読者も10代女性が中心

作家の年齢層は読者と同様中高生が多いが、書籍化して売れている作家となると20代半ばくらいの人たちが多い。「iモードが世に出た1999年頃からいち早く使い始めた人たちがケータイ小説にからんでいる」(松島氏)とのことで、26、7歳あたりが最年長になるという。最初は全てケータイで小説を書いているという人が多かったが、指が痛くなるのでパソコンから書くようになったケースが多いそうだ。

前述のChaco氏の場合は、自分の過去の乗り越えられないものを清算するために書き始めたのが執筆のきっかけだったという。ノートだと書けないが、ケータイだと予測変換機能で漢字を入力できるのでケータイを選んだそうだ。誰にも読まれないようにと「魔法のiらんど」(ケータイ小説サイト)の「BOOK機能」を使ってこっそり書いていたところ、反響がくるようになった。当時は書籍になるとはまったく思わなかったので、あくまで自己満足のために書いていたという。ちなみに「BOOK機能」とは、ケータイから誰でも小説が執筆・配信できる機能のことだ。

「あくまで自分のために書いたものだからこそ、テクニック云々がなくシンプルな表現になっているのでしょう。悲しかったりつらかったりした実体験を物語にしたため、読者の心を打ったのではないでしょうか。読者はこの物語に泣き、同時に励まされたようです」(松島氏)。

読者は女性が多く、7割強を10代が占める。残りはOLや主婦となり、男性は1割程度だ。ケータイ小説愛読者の多くは四六時中ケータイをいじっており、非常な頻度でケータイ小説を読む。「授業中に読んでいて泣いてしまって、先生にばれて怒られた」という声も寄せられているという。一方、社会人は夜に読むことが多い。「本を読むのは最初は億劫でも、一度読み始めると中毒性が出るものですが、それに近いようです。一冊丸々完読できる喜びは大きいし、応援していた作家の作品が本になったら嬉しいのでしょう」(同氏)。

3 著者と読者の距離感がカギ? ケータイ小説がウケる理由 – 中編

ケータイ小説は、メールのような口語体の文章が、リアルで身近に感じられると言われている。「『普通の小説では情景描写があるのにケータイ小説はほとんどない』とか、『会話で話が続いていて表現が稚拙』という言われ方をしていることが多いです。しかし、最近は一概にそう言いきれなくなってきています。ケータイ小説の中でも色々な種類のものが出てきているのです」と松島氏(ケータイ小説サイト「野いちご」編集部編集長)は最近のケータイ小説の評価に異を唱える。

作家によっては情景描写を書いている人もいるし、表現にこだわっている人も出てきているという。『天使がくれたもの』の著者Chaco氏(前編参照)などは、最初は何も分からず思うままに書いたため、シナリオのような描写のない文章だったが、最新作になると改行があまりなくなり、一般文芸作品に近くなっているそうだ。また、ケータイ小説は一人称が多いと言われてきたが、『クリアネス』の著者である十和氏などは原則三人称で執筆しており、”一人称ばかり”という認識も崩れているという。

ジャンル的には恋愛モノが強い。これは、10代のコたちの最大の関心事が恋愛だからだ。「友情関係、親子関係など、読者が今抱えている悩みに当てはまる作品が売れています。小説は心の実用書だと思うのです。読者が欲しているものに回答を与えられる作品は、生き方などにも影響を与えることがあります。私の場合は、学生時代に友達から勧められた村上春樹の作品が同時代的に感じられたものですが、それと同じです。彼女たちにはケータイ小説なのでしょう。時代の転換点には、今までにないようなものが出てくるものだと思います。ケータイを持っている時間が長いので、ケータイが新しいものに行く触媒になっているのでしょう。『きっかけとしてケータイ』というケースはかなり多いと思います」(松島氏)。

書籍化については、「元々ケータイで書いていたものであり、多くの読者に言いたいことが伝わっていることは、掲示板での反応を見て分かっています。書籍化する際にも、オトナ目線で文章を削ると、かえって伝わらなくなると考えて、原則として元の作品を生かす方針をとっている」(松島氏)という。ただし、文章が短すぎたり改行が多すぎたりすると、書籍では読みにくいことがあるので、文章に肉付けをしてもらうことはあるそうだ。

ケータイ小説にはコミュニケーション機能が必須

ケータイ小説はケータイサイト上でリアルタイムに書き進められていく。作家と読者がコミュニケーションをとることができるのも人気の秘訣だ。「10 代の読者たちはつながりを強く求めています。その世代は人間関係が希薄と言われますがそうではなく、つながりたいからケータイでアクセスするのだと思います」(松島氏)という。

ケータイ小説がウケた理由について同氏は、「コミュニティ機能を利用して色々な意見が交換され、共感が生まれているのが大きいと思います。携帯サイトに掲示しているだけで感想を書いたりできなかったら、ここまで広まらなかったのでは」と推測する。最近でこそ、作者には新しい作品を好きな時に好きなだけ書いてもらう形をとっているそうだが、連載間隔があまり開くと読者離れにもつながる。ケータイ小説が盛り上がるためには、サイトを運営する力も要求されるのだという。

Yoshi氏(前編参照)も、どうすれば読者が喜んだり泣いたりするのかを考えて、読者とコミュニケーションをとりながら書いたそうだ。読者の「ふたりを幸せにして!」という声で、結末をハッピーエンドに変えたこともあるという。これまでの小説は、作者の中だけで完結させてから読者に出すものだったが、ケータイ小説は、パブリックな場で読者とのやりとりをしながら作られていくものなのだ。

また、いつの時代も10代は恋愛や友情、親子関係で悩むものだ。ケータイ小説は、そんな子たちが悩んでいることに対して、同じ目線で等身大の言葉で答えを与えてくれるものだという。小説の中に答えがあるのはもちろんだが、作家自身がサイトの掲示板で悩み相談を受けていたこともある。相談件数は一日 40件くらいきていたこともあったそうだ。作家とのやりとりができることでコアファンを生み、クチコミで広がっていったという。

4 著者と読者の距離感がカギ? ケータイ小説がウケる理由 – 後編

ケータイ小説は公開されているので、誰でも無料で読める。にもかかわらず、人気の作品は書籍化しても売れるという。「本を購入しているのは、半分がケータイで読んでいた人で、残りは本から入った人です。もちろんケータイでしか読まない人もいますが、手元に形として残しておきたい、宝物みたいに本棚に置きたいという人たちが多いようです」。ケータイ小説サイト「野いちご」編集部編集長の松島氏は、ケータイ小説の書籍版が売れた理由をそう分析する。読者は携帯電話のパケット料金定額サービスに加入しているケースが多いが、中にはパケット代がかかるので、書籍のほうが安くなると書籍版を買い求める人も多いそうだ。

松島氏は、「ケータイ小説の分野には男性はあまり入ってこないのではないか」と思っている。ケータイの活用頻度は女性が圧倒的に高いからだ。最近は主婦がケータイ小説の面白さにはまる傾向にあるそうだ。「コミュニティやネットワークがあって、ケータイ小説が受け入れられるクチコミという流れができやすい環境だからかもしれない」(松島氏)。

ケータイ小説に対する世間の反応について

ケータイ小説に対する世間の過剰な批判について松島氏は、「理解の範疇からはみ出たところから来たものだから嫌がられているのかもしれません。正直、私も最初は(読んでみて)キツイと思いました。でも、ケータイで読んでいると、ドキドキするんですよ。ケータイのスクロール速度と読む速度がちょうどしっくりくるのがケータイ小説なのです。受け入れてくれる人たちにとっては大事なものなので、その人たちに受け入れられる作品を作っていきたいですね」と語った。

最近のケータイ小説の中には、十和氏の『クリアネス』『雪花』など完成度の高いものもある。それらの作品は、ある著名な作家からも「しっかり書かれている」という評価を受けているという。「ケータイ小説の中にも、最近は子ども向け小説から本格小説まで種々雑多なものがあるので、素直な気持ちで向き合えば、きっと楽しい作品に巡り会えると思います。ケータイ小説はぜひケータイで読んでみていただきたいです」(松島氏)。

「タダ・気軽・感動」で人気に

ところで今回、連載の取材を進めるにあたり、関東圏の公立高校で情報教育を担当する教諭にご協力いただき、教諭が担当する高校一年生の生徒(100 名)にアンケートをとっていただいた。それによると、子どもたちの7割がケータイ小説を読んだ経験を持っていた。内容評価は「良い」という印象を持つ生徒が圧倒的に多い。もちろん中には「ひどすぎる。小説という価値がない」と、多くのオトナと同じような評価をしている生徒もいたが、あくまで少数派だ。ケータイ小説が10代に深く浸透していることを改めて裏付けた形となった。

彼らがケータイ小説を評価するポイントはおもに3点。「ケータイで気軽に読める」「パケット定額料金だけで本を買わずに読めるので経済的」「感動するときがある」というものだ。お金がない高校生には、「タダでしかもいつも持っているケータイで手軽に読める小説」というところがウケていることがよく分かる結果だ。子どもたちは、オトナとは違う視点から、”ケータイ小説”という新しいメディアに触れているのだ。

ケータイ小説には、レイプ、ドラッグ、死別など、ステレオタイプとも言える”不幸のオンパレード”的な小説が多いと言われている。しかしそれは、昔のメロドラマや韓国ドラマのように、それがある種のエンターテイメントだからなのではないか。その裏に、今の10代の読者たちの純粋な悩みや願いが隠されているからこそ、これだけヒットしているのかもしれない。簡単に毛嫌いせず、新しい文化の流れをくみとることも大切なのではないだろうか。

5 女性読者が増えている”ケータイ漫画”の世界

揺れる、消える……ケータイ漫画の臨場感とは

ケータイ漫画の存在は知っていても、実際に読んだことがあるという人は少ないかもしれない。ケータイ漫画は、携帯電話でいつでも気軽に読めるというだけでなく、小さな画面でも迫力が感じられるさまざまな効果があるのがポイントだという。

モバイルコンテンツ制作などを手がけるメディアシークが女子中高生中心に10~21歳の女性に採ったアンケートによると、ケータイ漫画を利用したことがある割合は31%だった(2007年9月12日~13日、有効回答数:463人/10~21歳の女性)。かなり高い利用率だと言えるだろう。では、ユーザーたちはなぜケータイ漫画を読むのか、どういう漫画が好まれるのか。ケータイ向けコミック配信事業などを展開するNTTソルマーレモバイル事業本部 小林克之氏に聞いた。

漫画をデータ化した”ケータイ漫画”

ケータイ漫画とは、漫画をデータ化し、パソコンやPDAなどの携帯端末、携帯電話などで閲覧できるようにしたものだ。表示形式には紙芝居方式とスクロール方式がある。紙芝居方式は1コマずつカットしたコマが表示される方式であり、スクロール方式はコマをカットせず部分をアップにして表示する方式だ。どちらの場合も、十字キーや決定ボタンをクリックすると、1コマずつ進めたり戻ったりできるようになっている。

元々の漫画のコマは、動きや迫力を出すために形や大きさが工夫されている。しかし、ケータイ漫画の場合、ケータイで紙面同様の迫力を再現するために独自の工夫がなされているところが特徴のひとつとされる。ちなみに、元々紙だった漫画をデータ化したもののほかに、最近ではモバイル用に書き下ろしたものもあるという。

コミックごとにダウンロード可能

NTTソルマーレは、PDAやパソコン向けに動画、音楽、書籍、ソフトウェアなどのコンテンツを販売することを目的に2002年4月1日に設立された。販売コンテンツの中でもコミックの要望が高かったことと、携帯電話の3G化やパケット料金定額制などの追い風を受けて、2004年8月にiモード公式サイト「コミックi」をオープンした。その後、2005年5月にEZweb公式サイト「コミックシーモア」、2005年7月にYahoo!モバイル公式サイト(当時Vodafone live!)「コミックシーモア」もオープンした。

同社のケータイ漫画は、1コマずつカットした紙芝居形式で表示される。利用するためには、公式サイト「コミックi」「コミックシーモア」サイトから月額定額プランを契約し、ポイントを取得したうえで、読みたいコミックをダウンロードする。ポイントが不足した場合はポイントの個別購入も可能だ。

エフェクト効果で臨場感

利用される時間帯は主に深夜帯(22時~2時)に集中している。「就寝前のリラックスしたときに友達にメールを打つ感覚でご利用いただいているのかもしれません」(小林氏)。「コミックi」利用のユーザーのうちおよそ65%が女性であり、ユーザーからのリクエストメールでも女性向けのコミックタイトルが多く寄せられる。タイトル数は2008年10月現在で11,000タイトル以上にもなる。

ケータイコミックは1話が週刊漫画の約20ページ程度にあたる。漫画は紙1ページにおおよそ6~10コマあるが、コマの大きさと形はまちまちだ。コマがそのような大きさや形になっていることで、迫力や動きを表現しているのだ。しかし携帯電話には液晶の小さい画面しかない。そこで、そんな携帯電話でコミックを楽しむために、紙芝居形式のカット手法が生まれ、エフェクト(効果)で躍動感を表現するようになったのだという。

エフェクトには、元々のコミックの迫力を再現するために、フェードイン/アウト、スライド、バイブレーションなどが存在する。それぞれ文字どおりゆっくりと現れたり消えたり、コマのサイズや形に合わせて縦や横に画面がスクロールする。バイブレーションを使った効果は、物が落ちたりぶつかったりする場面や、迫力のあるシーンなどで画面と共に携帯電話がバイブレーション機能で揺れるため、よりいっそう臨場感が感じられるというわけだ。

なぜケータイ漫画なのか?

ケータイ漫画が人気の理由について小林氏は、「書店にはないタイトルの多さ、携帯電話で決済できる購入のしやすさ、人目を気にせずに読めるところ、本棚が不要で好きなコミックを外出先などどこでも読むことができること」などを挙げた。どれも、ネットの便利さや受け入れられ方に近いという印象を受ける。

同社のケータイ漫画の場合は、元々は紙の漫画用に描かれた漫画を1コマずつケータイ用に起こしたものだ。それに対しての作者の反応はどうなのか。「作家様の希望があれば事前に出版社などを経由して、完成版を確認いただいています。これまでに作り直しなどの指示はいただいておらず、むしろ作家様より携帯電話なのに大変見やすいとのお褒めをいただくことが多い」(同氏)という。

このほか、効果音やBGMなどが流れたり、フキダシが出てきたり、コマの人物に動きがあるものなど、新しい流れも出てきている。クリックすれば出版社のサイトに飛ぶような”リンク”を用意するなど、インタラクティブな仕掛けを用意できるところも可能性を感じる。

実際に体で実感したり、目と耳を使ったり、インタラクティブだったりと、ケータイ漫画は徐々にネットとの境をなくしつつあるようだ。ケータイ小説は、ケータイならではの表現と距離感、コミュニケーションなどがウケ、書籍や映画に展開しても広く受け入れられた。ケータイ漫画のこの特殊性が紙よりも受け入れられているのか、それとも便利な面のみが注目されているのか。今後ケータイ漫画発の大ヒット作品が生まれた頃にわかるだろう。その場で買えて場所をとらない、音やインタラクティブなどの可能性を持つ広がるメディアケータイ漫画は、今後ユーザーの行動も変えていくのかもしれない。

6 キケンとも言われるけど……10代の名刺代わり「プロフ」の世界

「プロフ」というケータイやPCで自己紹介ができるサービスが流行っている。プロフの中でも最大のユーザー数を誇る「前略プロフィール」を運営する、楽天の濱野斗百礼氏(執行役員インフォシーク事業長)と前田靖幸氏(インフォシーク事業部コミュニティ事業部部長)に、プロフでのコミュニケーションについて聞いた。

ユーザーは10代がメイン

「前略プロフィール」は、メールアドレスがあれば誰でも登録できる。写真の掲載、「HN(ハンドルネーム)」「性別」「誕生日」「住んでいるところ」「前世」「世界平和に必要なのは」などの 60項目以上の質問に答えていくことで、簡単に自己紹介ページが作れるというサービスだ。2005年に開始されて以来、中高生を中心に爆発的に利用が広がり、最近では多くの企業で同様のサービスが開始されている。

ユーザーの年齢層は17歳が一番多く、15~19歳までが9割を占める。10代がほとんどで、20代以上のユーザーはほとんどいない。高校卒業や、 PCに接する機会が増えたことなどをきっかけにやめることが多いそうだ。ケータイとPCのユーザー比率は8:2。携帯電話での利用が320万人、PCからの利用も合わせると400万人に上る。アクセスは深夜帯23時から25時くらいに集中する。また、休みの日、特に春休みにアクセスが伸びる傾向にあるという。ある休日などは、モバイルだけで5,500万PV、PCと合わせて合計6,300万PVを記録している。

当初は、キャバクラ嬢やホストが利用し始めて火がついた。やがて一般的な20代が使うようになり、2006年3月にケータイ通信の定額制サービスの提供が開始されると、徐々に中高生にも利用が広がっていったという。「まさか10代の利用がこんなに多いとは思いませんでした。初めは『タバコを吸うか』という質問項目があったくらいですから」(濱野氏)。10代のユーザーがメインとなったので、この項目は2007年に削除したそうだ。

目的は出会い系ではなく「自己PR」

「前略プロフィール」では2007年8月にユーザーからアンケートを集めたことがある。1カ月の集計期間を想定していたが、わずか4時間ほどで 3,000件もの回答が集まってしまった。それだけアクティブなユーザーが多いということだ。そのアンケートによると、ユーザーの9割が女性だったという。「全体に真面目な回答が多かったですね。プロフを使う目的についてフリーワードで書いてもらったのですが、出会い目的は0.2%程度。自己PRのためというのが一番多かったです。また、要望として多かったのは、業者の書き込みの排除でした。業者はPCから書き込んでいると推測しているので、モバイルと PCは別物にして業者対策を考えています」(前田氏)。

ユーザーはプロフを名刺代わりに使う。ブログやSNSのようにすべての人に見てもらうために書くのではなく、身近な人にアプローチするために書いているのだ。10代のユーザーは二人で写真を撮り、「ニコイチ」と称してプロフに掲載し、二人が親しいことを学校のクラス内にアピールするという。やはり 10代の中高生は行動範囲が家と塾の間くらいという人も多く、大人が思っているよりは生活エリアは閉鎖的で自由がないものだ。交友関係を第三者に見せることで、自分の立ち位置を定めるツールとして使っているようだ。

プロフがここまで広まった理由について、前田氏はこう推測する。「プロフなら簡単に自分をアピールできるからではないでしょうか。大人と同じでホームページを持ちたいけれど、PCを持っていないので、ケータイでも作れるプロフを選んでいるのだと思います。今後PCを使ってホームページを作ったり SNSをしたりする前段階なのでしょう」。

ゲストブックで「からむ」

ユーザーは、知らない人のプロフもあちこち見て回る。他人のプロフに訪れたらあいさつ代わりにゲストブックに書き込めるが、ただ閲覧しているだけのケースがとても多い。プロフによく書いてある「からんでください」というのは、ゲストブックに書き込みをすることだ。中高生は一言コメントを書くだけだが、人によっては詩を書くなど、100行くらい書き込む人もいるという。

ユーザー同士は、コメントにレス(返事)をつけるのではなく、お互いに相手のゲストブックに書き込み合う方法を採る。自分のゲストブックに書かれたコメントのレスを、相手のゲストブックに書き込むのだ。なので、一方のゲストブックを見ているだけでは話がつながっていないことも多い。「ゲストブックはメッセージのWeb版みたいなもので、掲示板ではないですね」(濱野氏)。

個人情報を出し過ぎてしまうユーザー

10代のユーザーは、”プロフは身近な友人に見てもらうために書く”という意識の人が少なくない。そのため、インターネットがオープンな場であることも意識せず、本名/住所/メールアドレスなどのパーソナルな情報を出してしまうことがある。そこで最近は、サイトのトップページ上に注意を表示するようにしているそうだ。「システムなどで制限するよりも、インターネットはオープンであると認識してもらうように努める方針」(前田氏)という。

プロフには以前メールアドレスの記入欄も存在した。ホームページの「連絡先はここ」みたいなつもりで設定したのだ。ところが、実際は予想に反してケータイからの利用者が圧倒的に多かったことから問題が起きた。「PCのメールアドレスなら記入してもらってもいいだろうと考えていたのですが、ケータイユーザーの場合、電話番号=メールアドレスという人も多かったため、(事実上の電話番号の公開に当たることから)昨年になってメールアドレスの項目を削除しました」(濱野氏)。

また、本人認証はしていないため、本人以外が”なりすまし”てプロフを作るケースも多々発生。勝手にメールアドレスなどの連絡先をプロフに書かれてしまったというトラブルも報告されている。業者が多いのも事実だ。質問項目にあまり答えていないケースほど業者の確率が高い。特に、答えをきちんと書かずにリンクだけ設定されている場合は、業者の可能性を疑ったほうがいいそうだ。

つながらないサービス

アンケートによると、ユーザーは「モバゲータウン」(※)を併用する人も。回答者の2割はモバゲー経験者だった。モバゲーは”バーチャルなつながり”を提供するサービス。プロフは”リアルな情報を書く”サービスだが、”つながり”はない。一部のユーザーは”バーチャルな自分”と”リアルな自分” を、性格のまったく異なる両サービスによって使い分けているのかもしれない。

「プロフはつながらないサービスです。SNS風だと言われますが、ミニメールが送れるなどの機能もなければ、足あと機能もありません。ID検索をすれば世界中から見られますが、ゲストブックを書き込み可としなければ、誰が見ているかもまったく分からないのです」(濱野氏)。

※「モバゲータウン」(モバゲー)は、ディー・エヌ・エーが運営するケータイ向け無料ゲームコミュニティ。ユーザーはアバター(分身)を使ってモバゲー内のゲームや他のユーザーとの交流を楽しめる。なお、規約上、実際の個人情報などを交換することはできず、モバゲー内ではバーチャルな関係を構築する場とされている。2006年2月にオープン、会員数1,000万人を超える。

「自己主張できる」高校生に人気のプロフ

本連載にあたり話を伺った某公立高校の情報教育担当教諭は、実際に生徒たちの間でもプロフは広がっていると話す。「高校に入ってプロフに目覚めた子が多いですね。友達付き合いの派手な子の間でクチコミで広がったようです。ただ、私の担当生徒たちには、情報教育の授業の中で、プロフの個人情報が漏れて事件につながったケースも紹介しています。ちょっと脅かしたせいもあって、おとなしい子やマジメな子は(プロフを)やっていませんね」。教諭が担当する生徒100名にアンケートをとったところ、プロフの利用経験者は56名と半数を超えた。

プロフにネガティブな印象を持つ生徒は2割。逆に好印象を持っている生徒の中では、その理由として「新しい友達ができる」「みんなと交流ができる」「自己主張ができる」「みんなの書いたことが見られる」というものが挙げられた。楽天の主張とほぼ同じ結果と言えるだろう。一方、プロフに否定的な意見としては、「個人情報が漏れる」「犯罪に巻き込まれる」「中傷が多い」「出会い系っぽい」というものが多く見受けられた。教諭が実際に危険性を教えていることもあり、一般的にプロフで問題とされることが生徒たちの間でも問題視されているという結果になった。

10代のウェブ版名刺「プロフ」のことが分かっていただけただろうか。閲覧も作成も簡単なので、話のタネに自分で作ってみると、案外新しい体験を楽しめるかもしれない。

7 10代が「モバゲータウン」にはまる理由 – ニーズに合った仕組み

ケータイサービスを頻繁に利用していなくても、ディー・エヌ・エー(DeNA)が運営するモバイルサイト『モバゲータウン』、通称「モバゲー」の名前は耳にしたことがあるだろう。よゐこや広末涼子などの有名タレントを使ったCMでも話題を呼んだ。ゲームやSNSなどの機能が10代に人気の勝手サイト(キャリア非公式サイト)だ。なぜモバゲーが10代にウケているのだろうか。

10代に人気の「モバゲータウン」とは

モバゲータウンは2006年2月にサービスを開始した。2009年8月時点でユーザー数は1,500万人に迫り、月間ページビューは約195億 PV(ページビュー)に上る。日本最大のSNS「mixi」が2009年6月時点で会員数1,700万人、月間PVはPCとモバイル合計で約150億PV であることを考えると、日本を代表するネットサービスの一つと言えるだろう。

そこでは無料ゲームだけでなく、ユーザー間のコミュニケーションを促進するSNS機能も提供される。「日記」、趣味などで集まる「サークル」、質問を交換する「質問広場」、小説や音楽などの作品を投稿し合うサービスなどがそうだ。ユーザーを表わす「アバター」と呼ばれる着せ替え可能なキャラクタも人気だ。

モバゲーは会員の4割を10代が占めており、16歳男子に至っては52.4%が利用しているというデータもある。記事執筆にあたり関東圏の某公立高校1年生(100名)の協力を得て行なったアンケート調査によると、約半数の48名がモバゲーの利用経験があると回答した。モバゲーの印象についても聞いてみたところ、肯定的な意見と冷静な意見とが混在した状態となっている。「悪い・やや悪い」に28名、「普通」47名、「やや良い・良い」18名と回答 (一部無記入)。その理由については、「ゲームが楽しい」「友達ができる」「自分のことが(相手に)分からないから良い」「ゲームが自由にできるところがよいが、出会い目的の人もいるから注意が必要」「顔を見ない人と交際するのは気持ち悪い」などが挙げられている。

なお最近は、TVCMの影響で20代30代のユーザーも増えてきているという。
10代のニーズを満たすゲーム、SNS

DeNA広報金子哲宏氏によると、ユーザー間のコミュニケーションはオープン当初から活発だったという。その最大の原動力となったのが無料ゲームだ。「(オープン当初)有料のゲームサイトが多い中で、無料で質が高いゲームができたことが勝因かもしれない」(金子氏)。運営側もモバゲーがこんな勢いで広まるとは思わなかった。2006年度の会員目標100万人に対し、実際は441万人というから、その勢いが分かる。無料で楽しめるゲームが次々と投入されたことも、結果的にその後の大人層の獲得につながったと考えられる。

モバゲーの魅力は無料ゲームだけではない。ゲームに集まったユーザーをつなぎ止める仕掛けが用意されていたのだ。SNS機能である。多くのゲームには、開発段階で裏技を仕込んだ。ある地点でジャンプをするとキャラの移動速度が速くなる――などゲームの攻略にもつながる裏技だ。このような裏技情報の交換場所としてSNSが使われたというわけだ。

IMJモバイルの「モバイルユーザー動向定点観測2009」(調査期間:2009年2月9日~11日、有効回答数:500)によると、10代の携帯電話利用者にとってモバイルとは、「暇つぶし」「コミュニケーションツール」「検索ツール」。ゲームやSNSなどは、コミュニケーションもでき、暇つぶしにもなる。モバゲーは、時間が有り余る学生を中心とした10代の携帯電話利用者に受け入れられる要素を持っていると言えるだろう。また、この年代の子供たちはメールやネットに依存していることが多い。まだ自我が固まっていない世代にとって、友達といつでもつながっていられることが安心をもたらす。モバゲータウンは、まさに10代のニーズを体現したサービスだったと言える。

人間関係ができたらアバター

SNSにより人間関係が生まれると、次第に、人間関係自体がモバゲーを利用するモチベーションになる。しかし、モバゲーでは規約上、ユーザー同士が直接会うことが禁止されている。機能面でも制限されており、個人情報の投稿や顔写真の登録などもできない。そこで自身を表わすものとして活躍するのが「アバター」だ。そこにはユーザーがさらにモバゲーを使い込むことになる仕掛けも見える。

アバターは、ゲーム時やサークルでの発言時など、モバゲー内で活動する時には必ず表示される。アバターが自分自身を表現する役割を果たしているわけだ。会員登録初期のアバターの服装はかなりシンプルで、悪く言えばみすぼらしい。現実でも他人の目は気になるものだ。分身であるアバターを自分らしく着飾りたいという感情は自然であり、そこで多くのユーザーは仮想通貨「モバゴールド(モバG)」を貯めてアバターを着飾るアイテムを購入することになる。

アバターを磨くのに必要な要素はお金だけではない。購入できないもの、いわゆるレアものが用意されており、それらはアイテム合成やランダム要素での入手となる。特にアイテム合成の場合、ある特定の組み合わせでレアアイテムになるため、モバゲーユーザーの間にはレアもの関連情報の交換を通じた交流の活発化も生じる。実際、サービス開始当初に立ち上げられたサークルは、ゲームの攻略情報のほかに、アバター情報を交換するためにできたものが多かったという。

無料ゲームでユーザーを集めて、SNSでの情報交換を通じて人間関係を築かせ、交流を通じてアバターを着飾らせる――この仕掛けこそが、10代がモバゲーにハマる理由なのだ。

次回以降は、この基本的な仕掛け以外に10代がモバゲーにハマる仕組みと、10代の使い方についてお伝えする。

東裕紀「ネットがあれば政治家なんて要らない」

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「ネットがあれば政治家いらない」 東浩紀「SNS直接民主制」提案
2009/10/24 14:37

インターネットというテクノロジーは10万人規模の直接民主制を可能にする。基礎自治体(市町村)のいくつかはミクシィ(mixi)とかのSNSで運営すればいい――。批評家の東浩紀さん(38)が深夜のテレビ番組で「政治の未来像」について大胆な提案をした。「そうなれば、政治家は今ほど必要ないのではないか」というのだ。

* ツイッター、携帯サイトを開設 : J-CASTニュース
* 「知事会は政治屋ばかり」「出席に値しない」 川勝静岡県知事言いたい …

Google からクリッピング – 2009年10月25日

東さんが出演したのは、2009年10月24日未明にテレビ朝日が放送した討論番組「朝まで生テレビ!」。この日は「若者に未来はあるか?」がテーマで、人事コンサルタントの城繁幸さん(36)やフリーライターの赤木智弘さん(34)といった世代間格差について発言している20代や30代がパネラーとして登場したが、「朝生」の独特の雰囲気に飲まれてしまったのか、いまいち歯切れが悪い。そのなか、番組前半で若者側のパネラーとしては唯一、気を吐いていたのが東さんだった。
「いまさら『若者論』をやっても意味がない」
東さんは「朝生」の番組終了後にツイッターを再開。「愉しんでもらえたようでよかった」などとつぶやいた
東さんは「朝生」の番組終了後にツイッターを再開。「愉しんでもらえたようでよかった」などとつぶやいた

「高齢者がどんどん増えていく日本という国がこのままダメになるのは自明で、今後は高齢者が得するような国を作るしかないのだから、若者が差別されているとか損しているといった『若者論』をやっても意味がない。むしろ高齢者が増えていくなかで、それをうまく回していく社会をどう作るのかという話をするべきだ」

と、番組のテーマをいきなり破壊。司会の田原総一朗さん(75)が「どうすればいいの?」と問いかけると、東さんは「インターネットを使った直接民主制」の可能性について語った。

「今回、政権交代が起きて、『官から民へ』とか、『国民が政治をコントロールできるようになった』と言っているけれど、僕は、ネットワークや情報技術の革命はすごく本質的だと思う。これまで政治家の仕事はいろんな人たちをつなぐことだったが、つなぐだけだったらインターネットでもできる。そうなると、これからの社会はもしかしたら、こんなに政治家っていらないのかもしれない」

と指摘。従来の選挙システムに代わる、ネット時代の新しい政治システムがありうるのではないかという考えを示した。

「国民が政策にじかに介入できるようにちゃんとシステムを作って、政策審議過程を全部透明化し、パブリックコメントのシステムをもっと洗練された形にすることによって、全然違う政策の作り方ができるかもしれない。たとえば基礎自治体(市町村)のいくつかなんて、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)で運営すればいいと思う。ミクシイとかで」

「10万人ぐらいの規模なら直接民主制ができる」

東さんはインターネットの技術を使った政策形成システムを提案したが、評論家の小沢遼子さん(72)や作家の猪瀬直樹さん(62)といった高齢世代のパネラーは理解に苦しんでいるようで、一様にポカンとした表情。田原さんも「僕、わかんない」と正直な感想を口にした。しかし、東さんは「これ、わかりましょうよ」とさらに言葉を続ける。

「(18世紀の社会思想家で、直接民主制を主張した)ルソーのころのジュネーブの人口は2万400人だったが、これぐらいだと直接民主制ができる。しかも僕たちには今、SNSやツイッター(Twitter)というのがあって、たとえば勝間(和代)さんやホリエモン(堀江貴文さん)は、ツイッターでフォロワーが15万人もいる。1人のサービスを15万人がフォローしていて、しかも勝間さんや堀江さんはそれに(レスポンスを)返している。そういうことができるインターネットというテクノロジーは、10万人とか5万人という規模だったら、直接民主制を可能にするんですよ」

このような新しい政治システムの可能性があるのに、いまだに従来型の選挙で満足している現状にこそ問題があると、東さんは指摘した。では、なぜ技術の進歩にもかかわらず、東さんが構想するような「ネットを使った直接民主制」が現実化しないのか。それは「人の想像力がまだ追いついていないからだ」と東さんは言う。

「どの規模だったら直接民主制が可能かというのは、各時代のコミュニケーションの技術が決める。いま僕たちがいる時代は、劇的にコミュニケーションコストが安くなっている時代だから、10万人でも直接民主制ができるようになった。でも制度が追いついていないし、人の想像力が追いついていない。10万人で直接民主制なんてやったら大混乱が起きるだろうと人は思ってしまう。けれども僕は、想像力が追いついていないだけだと思う」

早口でまくしたてるように「ネット時代の政治像」を語る東さんに他のパネラーは圧倒されたようだったが、田原さんはジャーナリスト特有の直感が働いたのか、「これ、面白い!」と反応していた。ちなみに、東さんは番組中、手元のアイフォーン(iPhone)らしきものを見せながら

「ツイッターをやろうと思っていたんですけど、ここ電波が通じなくてできなかった」

と発言。ツイッターユーザーの笑いを誘っていた。

「サマーウォーズ」ーネットとリアルの世界の交錯を描く

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ネットと家族はどちらも大事――細田守、サマーウォーズを語る

8月2日、アップル直営店の「Apple Store Ginza」で行なわれたトークイベント「第13回 月刊インタラ塾」。テーマは「サマーウォーズに見る、ネットとアニメのコミュニティ論」だ。

ゲストは、8月1日に公開されたアニメ映画「サマーウォーズ」を監督した細田守氏、ネット社会評論書「アーキテクチャの生態系」著者の濱野智史氏、そして「ハバネロ・暴魔大戦」のデザインを手がけた、クリエイティブディレクター兼アートディレクターの鈴木克彦氏だ。

「サマーウォーズ」は、主人公・小磯健二が、インターネットの中で起こる世界的な危機に対して、奮闘する物語。田舎の大家族のリアルなつながりと、世界中の人とのインターネットを介したヴァーチャルなつながりが描かれる。
細田守監督「サマーウォーズ」より。今月1日から全国で公開中

公開翌日ということもあり、立ち見が出るほど盛況なイベントだったが、ただのイベントではない。リアルタイムのストリーミング中継を行ない、Twitterの書き込みを会場のスクリーンに映し出すことで、ゲストと視聴者を繋げるというものだった。

トークショーは映画の冒頭で描かれる、デジタル仮想都市「OZ」の導入シーンの放映から開始。「映像とデザインについて」「つながりについて」「人物造形について」「コミュニティと物語について」という四つのテーマに沿って進められた。

(C)2009 SUMMER WARS FILM PARTNERS

ネットのイメージは「黒」ではなく「白」

―― そもそも細田さんは、OZのイメージは何かを参考にされたのですか? 白いインターフェースのイメージはどこから?

細田 僕の作品には以前から、このOZのような白い球体空間を出しているんですね。「時をかける少女」のタイムリープ空間や、「SUPERFLAT MONOGRAM」※1のルイ・ヴィトン空間のイメージですね。

そもそもは「デジモンアドベンチャー ぼくらのウォーゲーム」で初めて、インターネット=白い球体空間ですよっていうイメージを出したんです。

それが共通して白いのには理由があって、それまでの映画やアニメで描かれるネットやハイテクのイメージって黒なんですよ。黒い中に緑やオレンジな線が走る……。

濱野 「マトリックス」はまさにそうですよね。

細田 自分が子供に向けてインターネットって世界を出すとき、そういうおどろおどろしい、カッコイイけど危険な雰囲気とは、全く逆のものにしたかった。そのときデジモンをみている子供達には、危ないサイトに行ってほしくなかったんですね(笑)。

だから、黒に対して白とか、かわいいものを使った子供のためのインターネット空間をイメージして、それがこの白い球体空間に至るんです。

―― ブラックサイトに対する、白い世界ともいえますよね。

細田 「サマーウォーズ」のOZは、設定として、世界中で10億人がアカウントを取得している、そういう世界なんです。10億人というと、小さい子から老人までがアカウントを取得しているのですが、きっと「マトリックス」のようなサイバーなイメージでは、10億人も会員が集まらないと思うんですよ。子供達や女性が入ってきやすいような世界じゃないといけない。

―― 大学時代から細田さんを知ってらっしゃる鈴木克彦さんに細田映画のデザインの素晴らしさをお聞きしたいのですが。デザイナーの視点からどうですか?

鈴木 今日は、細田の応援演説にきたので(笑)。細田の映画の特徴はなにかというと、デザイン。情報がてんこ盛りな映画なのに、画面に映し出される映像の情報整理の仕方がうまい。デザイナーの目から見てもすごいなと思う。

それと、緻密な描写と、デフォルメの両立ができていること。ものすごくリアルなんだけど、幻想的な、誰の記憶の中にもあるような景色(の描写)が上手い。だから「細田守の描いた夏」というのはみんなの心に残るんだと思う。バーチャルを作るときには、逆にリアルさを追求するんですよ。

アニメとネット、コミュニティの重なりは

―― 濱野さんにお聞きしたいのですが、私がネットの仕事を始めてから、アニメのコミュニティとネットのコミュニティが重なると感じるのですが、それはなぜですか?

濱野 これはあれですよね、なぜネトオタ(ネットオタク)とアニオタ(アニメオタク)は同じ「キモオタ」なのかってことですよね(笑)。これは、身も蓋もないことをいえば、現実と離れているからですよね。今回「サマーウォーズ」で面白かったのは、「アニメ」という写真とも映画とも違う虚構の世界の中で、OZという虚構の空間を表現したことでした。

細田 これはアニメを作ってる側からの発言なんですが、以前、アニメのイベントに参加したことがあるんです。そこで、アニメ好きな人たちに呼ばれているはずなのに「この人たちは本当にアニメが好きなのかな」って感じたんです。

それよりも、アニメをネタにしてみんなとしゃべりたい、誰かとコミュニケーションをとりたい、アニメはそのネタになってるだけなのではないか。話題は別にアニメじゃなくてもいいんじゃないかって感じるんです。僕なんかは、本当にアニメが好きでこの仕事をしているので、一種さみしさを感じますね。

濱野 いま細田監督がおっしゃったような人々が、オタクと自称する人々の中にワラワラいるわけです。私が調査していると、今の若い世代は、みんなテレビを見ないで、ニコニコ(動画)やYouTubeばかりを見ている。

動画サイトではアニメをネタとしたもの(動画)が多いので、アニメがメインストリームの文化と感じている若者も多い。その意味では、アニメ的なものを見るということが、コミュニケーションの種になりやすいといえるんじゃないかと思います。

「時かけ」みたいな高校時代を経験したわけじゃない

―― 「サマーウォーズ」の主人公は若者=高校生ですが、細田監督は「サマーウォーズ」を製作にあたって、今の高校生を気にしますか? それとも自分の高校時代を考えてですか?

細田 「時かけ」なんて作ると、よく「細田さん、いい高校生時代をご経験されたんですね」と言われますが、そんなわけないじゃない(笑)。体験したら映画なんか作らない。そういう意味では、自分の体験からのリソースは何もないわけですよ。

自分の高校時代からは作れないけど、なるべく、今の高校生がどんなふうに生きているのか、何を考えているのかは一生懸命考えます。でも、キャラクターデザインの貞本義行さんとも話しますが、結局高校生の気持ちにはなれないんです。それでも彼らに寄り添って書きたいという気持ちはありますね。

―― 貞本さんの名前が出ましたが、「サマーウォーズ」の人物造形についてお聞きしたいと思います。そもそも存在しないキャラクターをどのように作られて、外見的なルックスを付与していくのですか?

細田 シナリオに即して貞本さんと相談していくんですが、(キャラクターデザインだけでなく)シナリオにも人物造形がある。主人公にしてもどういう性格なのという人物造形かあるわけです。実は、シナリオを作るときに話すことと、キャラクターデザインで話すことって、ほとんど同じ。

それよりも話さなければいけないのは、その人物が現実にいるとすれば、どういう人か。それを僕と、キャラクターデザイナーとシナリオライターが、共有することが大事。そうすれば、具体的な外見の要素とか台詞というのは、シナリオライターなりデザイナーさんが書いてくれるわけですし、貞本さんの右手から生まれてくるキャラクターは、そのままそのキャラクターなんですよ。

―― 鈴木さんはキャラクター広告を手がけていらっしゃいますが、広告におけるキャラクターとはどのようなものですか?

鈴木 細田のキャラクターをみると、キャラクターからではなくて人物の設計が先にあってそれをキャラクターにしている感じがするじゃないですか。広告は逆に、先に商品がある。

僕は長く広告を続けていきたいと思いますが、長く続けるコツは「商品と同等のイメージをもつキャラクターを作ること」と考えてます。それが出来れば、3年から5年は(キャラクターの展開が)続くだろうと。

暴君ハバネロだと「凄い辛いけどうまみがある」という商品の体現化です。デザインをしていると、そのキャラクター(=商品)と性格が一致して、ああ出来たなと思う瞬間がある。

個々の好きなものより、普遍的なストーリーを探すのが大事

―― 「サマーウォーズ」は、一方でオンラインのつながり、一方で家族のコミュニティが存在する、特殊なテーマ設定だと思います。「サマーウォーズ」はずばり何の物語ですか?
会場にはTwitterの画面も映し出された。「@intarajyuku」と送信宛先(@)をつけた発言のタイムライン(発言一覧)が表示され、細田監督に聞いてほしいことのリクエストや、トークイベントへの感想が気軽につぶやかれていた

細田 「サマーウォーズ」って映画は、デジタルのコミュニケーションと、家族のコミュニケーションが出てきます。大概、ネットのコミュニケーションが仮初めで、家族のコミュニケーションが本物だと語られがちです。

かと思えば、まったく逆の、親戚なんて面倒くさいコミュニケーションよりも、見知らぬ他人とコミュニケーションとれるほうがいいですよ、とも一方では言われています。(「サマーウォーズ」では)どっちが良くて、どっちが悪いという話にしないと、最初から決めてたんです。

濱野 何の「物語」ということではなくて、二つのありがちな「物語」を宙吊りにするということですよね。

細田 そうですね。ネットの物語でも家族の物語でもなく、その両方を同じ意味合いにしたい。いま、まさに僕らが置かれている状況自体が、どっちを捨ててどっちをとるという話ではないし、どっちも大事じゃないですか。その大事さを大切にしたいと思ってるんです。

―― では最後に、あえて細田さんに「どうすれば良い物語が作れるのか」お聞きしたいのですが。

細田 う~ん。やっぱり「普遍」と言うことかな。もちろん時代時代で共感を得る物語はあると思うんですね。その時代の変化のなかで、そのたびにストーリーは変化すると思うのですけど、その変化に対応していけばいい物語になるかっていうと、今の私の志向からは違うんですよ。

面白さって、多様な価値観のなかで、個人の好き好きって話になりがちですけど、みんなもっとベースで共感できる面白さがあると思うんですよ。普遍の方のストーリーを探すのが重要なのかなと、凄く思いますね。多様性と一過性じゃない、(物語の)強さが非常に重要だと思います。

テレビ、雑誌、ゲーム離れ加速  若者の一日

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怖いよね、若者たちのこの嗜好の変化って。彼らの間で今起こっていることは、間違いなく数十年後さらに加速されるもの。

今でも新聞社は経営危機どころか、ビジネスモデルを考え直さなければならない時代に入ったし、テレビ局は広告料収入の大幅減少によって番組再編を迫られているという。マンガを含めて雑誌も青息吐息。

「ネット」の魅力って何なんだろうね。人はなぜ何時間もパソコンやケータイを触っていられるんだろう。おいらはどちらかというと旧メディア派だから、新聞やテレビがなくなるなんて考えられないけど。

10―30代はネット利用時間が増加、テレビ/ゲーム/雑誌離れ進む
2009年6月5日

ネットエイジアは6月5日、インターネット利用や余暇の過ごし方に関する調査結果を発表した。10―30歳代の携帯電話ユーザーは、インターネット利用時間が増えているのに対し、テレビゲームとテレビ視聴時間、雑誌を読む時間が減少した。特に携帯電話からのインターネット利用は、この1年間で「増えた」(46.1%)という回答が「減った」(7.3%)を大きく上回った。

そのほかの行為に費やす時間は、パソコンからのインターネット利用は「増えた」が30.8%、「減った」が20.8%、テレビゲームは「増えた」が11.3%、「減った」が38.1%、テレビは「増えた」が16.5%、「減った」が37.1%、雑誌は「増えた」が16.4%、「減った」が 33.1%。

プライベートでインターネット利用に費やす時間の平均は、パソコンからが1日当たり59.8分、携帯電話からが同60.1分。時間の長さ別でみると、携帯電話からは「30―60分未満」が17.1%、「60―90分未満」が17.8%、「90分以上」が23.9%。パソコンからは「30―60分未満」が15.6%、「60―90分未満」が23.1%、「90分以上」が24.1%だった。1日30分以上インターネットを利用している人の割合は、パソコン、携帯電話とも約6割になる。

よく利用するWebサイトのジャンルを複数回答で尋ねたところ、携帯電話からは「ニュース/天気予報」(67.5%)、「着メロ/着うた/着うたフル」(57.9%)、「検索」(48.0%)、パソコンからは「検索」(63.4%)、「ニュース/天気予報」(52.2%)、「EC/オークション」(35.3%)が多かった。

調査は、全国の10―30歳代の男女を対象に携帯電話で実施した。有効回答数は1272。調査期間は4月10―14日。

中国のネット中毒患者対策

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こちらは中国の話。ネットゲーム依存症の若者がいっぱいいるんだね。ケータイはそこまで浸透してないのかな。あっても中国のケータイはきっとネットに繋げないだろうから、ケータイ依存症は少ないかもね。

「ネット中毒者」治療施設、中国で取材

今、中国の若者たちの間で、インターネットに依存し過ぎて、現実と仮想の世界を区別できなくなるなどの症状が現れています。「ネット中毒者」と呼ばれる彼らを治療するための施設を取材しました。

北京市内のインターネットカフェには、若者たちが続々と集まってきます。

「家に帰っても4、5時間 インターネットをやっている」(インターネットカフェの客)

去年、中国はインターネット利用者の数が、アメリカを抜いて世界一になりました。

しかし、廊下に並ぶ若者たち。ここは中国国内で初めてできたネット中毒者の治療センターです。現在40人が治療を受けています。

治療センターに入院したネット中毒患者は、3か月間の共同生活を通して、ネットに依存しない生活習慣を身につけるということです。このセンターは人民解放軍の施設を使用しています。この日は軍人の指導で、同じ姿勢で何時間も立つ訓練が行われていました。

ネット中毒になると現実と仮想の世界を区別できなくなり、コミュニケーション能力や人格形成に重大な影響が出るといわれています。

「インターネットをしないと機嫌が悪く、むしゃくしゃしていらだつ」(インターネット中毒の男性)

この施設に入院して実際に更生できるのは、7割ほどだといいます。政府はネットカフェの営業時間の規制や未成年の入場禁止など、ネット中毒の予防策は打ち出してきましたが、すでに中毒になった人への対策は進んでいません。

「これは社会問題で、今の中国の青少年にとって最も重大な問題です」(インターネット中毒専門家 陶然 医師)

ネット利用者の10人に1人がネット中毒といわれ、センターでは世界で初めて診断基準を作成、ネット中毒を「正式な病気」と認め、治療体制を充実させるよう国に求めています。(17日03:34)

途上国ほどネット上の対人関係に積極的

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セマンテックの面白いレポートを見つけたよ。記事の後半はいかに日本の親が子供のネット利用の実態を知らないか、を強調している内容。でもおいらは前半の方が興味深く読めた。ネットを利用して実際の友達を増やすことに日本の子供はむしろ消極的なんだ。中国やインドではネット上の友達では満足できず実際に会おうとする傾向が強い。でも日本は消極的。むしろそうした行為を恐れてるよね。この違いはなんだろう。一度ゆっくり考えてみたいね。

日本の親、「子供のネット利用は自己責任で」40%
シマンテックが12カ国で調査

シマンテックは7日、世界12カ国のインターネットユーザーを対象に実施した「ノートン・オンライン生活レポート 2009」を発表した。日本の特徴として、オンラインで子供を保護するのは「子供自身の責任」と考える人が、他の調査国に比べて多かった。

レポートは、調査会社のHarris Interactiveに委託して、米国、カナダ、英国、フランス、ドイツ、イタリア、スウェーデン、中国、日本、インド、オーストラリア、ブラジルの 12カ国で実施したもの。1カ月に1時間以上、PCおよび携帯電話でインターネットを利用している18歳以上の大人6427人(8~17歳の子供を持つ親 1297人を含む)と、8~17歳の子供2614人を対象に、2008年11月と12月にオンラインアンケートを行った。

● 発展途上国ほどネットでの対人関係に積極的

ネットの友人と会ったことがある74%
レポートによると、ネットを通じて友人ができた大人は全体で58%。国別では、中国が86%で最も多く、次いでインドの83%、ブラジルの82%など。日本は38%だった。また、ネット上の友人の平均人数は全体で41人。国別では、ブラジルの66人がトップだった。

ネット上の友人と実際に会ったことがある大人は全体で74%。国別では、中国の82%が最も多く、次いでスウェーデンの79%、イタリアの76%など。日本は58%で、12カ国のうち最低値だった。また、実際に会った平均人数でも日本が6人で一番少なかった。

ネットが対人関係を良くしたと思う大人は全体で68%。国別では、インドが90%でップ、次いで中国が87%、ブラジルが82%など。さらに、ネットで家族との関係を改善させたとする考えは全体で45%。国別の上位は、インドが75%、中国が58%、ブラジルが54%など。

長く連絡を取っていない友人とネットを通じて再会したことがある大人は全体で56%。国別では、インドが83%でトップ、次いでブラジルの 78%、中国の67%など。また、ネットを通じてかつての恋人関係を再熱させたことがある大人は全体で14%。国別では、インドが37%でトップ。日本は最も低い6%だった。

オンラインでの出会いと再会     かつての恋人関係を復活14%

● 日本の親、子供のネット利用は子供自身の責任
子供が1カ月で何時間ネットを利用していると思うか親に尋ねたところ、全体平均は21時間だった。しかし、子供に1カ月のネット利用時間を尋ねたところ、全体平均は39時間だった。

子供のネット利用について「時間が長すぎる」と思う大人は62%だった。さらに、子供はネット利用で「時間の無駄使い」をしていると思う大人は51%。一方、子供は62%がネットで「重要なスキルの学習」をしていると答えた。

親が、子供のネット利用で「親が禁止する行動を発見した」は全体で22%だった。国別では、スウェーデンの35%、カナダの32%、ブラジルの 31%が多かった。また、ネットで子供を保護する責任があるのは誰かを尋ねたところ、「親」が90%で大半を占めた。国別では、カナダの99%が「親」と回答している。

一方、日本では「親」との回答は79%で、12カ国のうち最も低い。さらに、オンラインで子供を保護する責任は「子供」自身だと回答した国は、日本が40%で最も多かった。また、ネットの安全な利用について子供と話したことがあるのは、カナダが87%でトップ。日本は22%で最も低かった。このほか、自分の子供が友達の家でネットを利用していると把握しているのは、スウェーデンが53%でトップ。日本は9%で最も低かった。

子供のネット利用を把握しきれていない     ネット利用は子供自身が責任を持つべき     日本の親は子供とネットについて話さない

● 日本はオンライン活動が消極的で、セキュリティ対策も希薄
シマンテックは7日、今回のレポートに関する記者説明会を開催した。リージョナルプロダクトマーケティングシニアマネージャの風間彩氏は、日本の傾向について、他の調査国に比べ、「オンラインでの活動が消極的」「子供のネット利用の対策が不足」していることなどを説明した。これには、国民性や文化の違いが大きいという。

オンラインでより良い人間関係を作るためのヒントとして、「SNSやビデオチャットの活用など、友人や家族との関係性を築くために新しいことを試してみること」「個人情報を最初から開示しすぎないなど、基本的なことに注意すること」などを説明した。子供のネット利用対策については、「頻繁に話し合いの機会を作ること」「ネット接続時間を限定するなど、現実的なルールを作ること」「子供たちのネット利用に参加すること」を挙げた。

セキュリティ対策については、日本のネットユーザーは「頻繁にスキャンをしている」が52%で、他の調査国に比べて、最も低かった。また、「個人情報の安全に自身がある」「ネット利用時に個人情報の安全を守る方法を知っている」に「同意しない」とした回答も日本が最も多い。「ファイルのバックアップやウイルススキャンに積極的ではなく、オンライン利用時の個人情報保護についても対策が遅れている」とした。

このほか、インターネット協会主幹研究員の大久保貴世氏が、協会に寄せられる相談などをもとに、日本における大人と子供のネット利用の現状について説明した。全体的な傾向として、「大人は、現実の問題がネットのトラブルに発展する。子供は、ネットでの問題行動が現実のトラブルに発展する」という。

さらに、ネットにおける大人と子供の境界線は「高校生」だと説明。「昨今は、小中学生のころにネットでいろいろな経験をし、高校生になればある程度の常識やマナーがわかるようになっている」。

親もニュースサイトを見たり、ショッピングなどでネットを利用しているが、子供に人気のCGM系サービスを知らないと、「問題があってから初めてサービスの存在を知る」ことになる。また、掲示板サイトは誰が運営・管理しているのかといった構造や仕組みがわからず、対処ができない親も。

例えば“プロフ”や“リアル”で何らかの問題を発見した場合、対処方法がわからずに相談を受けるケースがあるという。「今は過渡期だと思う。今後はCGMを熟知した親が増えてくるのではないか」と述べた。

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