「一路走好!」~『クレヨンしんちゃん』の作者逝去に関する中国の熱い報道
9月21日、『クレヨンしんちゃん』の作者である臼井儀人さんの逝去が確認された。中国のメディアでは失踪の時点から始まって、刻一刻と新情報が伝えられ、ネットや新聞だけでなく、CCTV(中央電視台)までが、その進展を追った。中には事故現場における断崖絶壁の写真を載せて、「自殺かもしれない」という憶測までが報道された。
しかし、21日に、発見されたご遺体が、まちがいなく作者のものであることが判明すると、どのメディアも作者の逝去を惜しむ声に満ち溢れた。
中でも私を感動させたのは、「一路走好!」という哀悼の言葉だ。
中国語の「走」は「歩く」という意味で、「好」は「良い」という意味。したがって「一路走好」は「(あの世にいらした後の)人生がどうか素晴らしいものでありますように!」ということを指す。「ご冥福を祈る」(祈冥福)と内容的には同じと言えば同じだが、言葉のニュアンスが異なる。故人を愛し、自分に非常に近い存在として慈しみ、かつ敬愛する心が込められているのである。
実際、日経ビジネスオンラインの連載(2007年10月24日、「クレヨンしんちゃん」にハマる中国の母娘 )でもご紹介したように、中国における『クレヨンしんちゃん』の人気には絶大なものがある。特に中国の場合は、お茶の間に流す画像として好ましくない場面にはモザイクが施してあるので、大人も安心して子供に観せることができ、まさに親子ともども笑い転げながら鑑賞し、また若い女の子たちはまるで自分の将来の子供を可愛がるような気持ちで「しんちゃん」を愛した。
大手メディアもネットも大量に報道
中国語では『クレヨンしんちゃん』は『?筆(ラービー)小新(シャオシン)』と訳されている(筆は簡体字表記)。「?筆」とは「クレヨン」、「小」は子供の名前や自分より年の若い者の名前の前に付けて親しみを込めて呼ぶときに使う場合が多く、「小新」は「可愛い新ちゃん」というニュアンスである。
その熱の入れ方の詳細を記すのは至難の業だが、いくつかの例を引くなら、たとえば「人民日報」電子版である人民網(網はネット)では、娯楽チャンネル、メディア・チャンネル(「中国新聞網」からの転載)、bookチャンネル(「広州日報」からの転載)というように、30分から数時間という非常に頻繁な間隔で「?筆小新」の作者に関する新しい記事を載せ、21日の時点で「人民網」だけで200項目以上の記事を見つけることができた。
紙ベースでも多くの新聞がこの訃報を大きく扱い、「北京晩報」(夕刊)では「世界新聞」(世界のニュース)の頁で紙面半分を割いて扱っており、北京の「京華時報」でも紙ベースで報道したものを京華網というサイトに載せ、それがつぎつぎに転載されている。
また人民網にも転載された「広州日報」(紙ベース)に載っている『クレヨンしんちゃん』のアニメ画像の下には「網友哀悼:臼井已去,小新再无新作」(ネットの友達から哀悼を表する:臼井さんは既に去ってしまった、「小新」(可愛い新ちゃん)の新作を見ることはもうできない)というキャプションが付いていた。
ウェブに溢れた哀悼の声
「中国新聞網」は9月21日、「ありがとう!どうか一路走好」というタイトルで、作者への網友たちの哀悼の思いを、次のように述べている。
――超人気漫画<?筆小新>の作家・臼井義人氏の逝去が伝わると、網友たちは深い悲しみに包まれ、心痛を表した。多くの網友たちはみな一斉に「新?走好」と言いながらたくさんの書き込みをしてくれた(筆者注:「新?」とは「新ちゃんのお父さん」という意味)。
多くの80后(1980以降に生まれた若者)たちは皆、<?筆小新>を観て育ってきた。小新は悪ふざけが好きで小利口で、いつも小ずるく言い逃れをして、しかもちょっとエロっぽくて、中国の格式ある教育から言うと、とても容認できるものではないかも知れない。でも、漫画の中のこういう子供を観ている者たちは、泣くに泣けず笑うに笑えない気持ちで、小新を愛してきた。
作者の臼井さんが逝去したという知らせが走ると、ネットには激しい衝撃が走り、網友たちは大量の書き込みを通して反応し、みな最初は「そんな情報は嘘だ、でたらめだ。彼が死ぬなんてことがあっていいはずがない」と否定したが、しかし、それが動かぬ事実であることを知ると、今度はその死を惜しみ、高らかに「新?走好」と叫んで、臼井さんが小新を創り出してくれたことに感謝する言葉を書き込んだ。
ある網友は次のように書いている。
「私の素晴らしかった少年時代は、あなたがいたからこそあったのです。あなたが行ってしまった今、私はいったいどうすればいいのでしょうか。あなたを永遠に忘れない。どうか天国で小新を見守っていてください」
またある者は、苦しみと感謝を次のように訴えている。
「私の?筆小新、あなたは私とともに人生を歩んできてくれました。あんなに気が狂ったみたいに買い漁ったあなたのDVD、そしてテレビで放映されるたびに録画した画像。かつてあんなに狂おしいほどあなたを観るために深夜まで起きていて母親と喧嘩した日々。今日までありがとう、小新! たしかに今はもう大きくなって、以前ほどはあなたを観なくなったけど、でもあなたは私の脳裏深くに刻まれ、私の心の中に生きています。ありがとう、親愛なる臼井義人老師! あなたは小新を創り出してくださいました。あなたの長い年月にわたるご苦労に感謝します。今はただ、あなたがもう一つの世界で、もっと美しい日々を送られることを祈るのみです」
キャスターが示した親愛の情
2009年9月21日、CCTV(中央電視台)は「朝聞天下」で朝の8時26分から2分半ほど、この件に関して放映したが、番組の最後に、ニュースキャスターが「一路走好!」と、親愛の情をこめて哀悼の言葉を述べた。心温まるものを感じたのは私一人ではないだろう。これ以外にもCCTV.COMには30個以上の番組が載っており、その中の多くはCCTV系列で放映されたものばかりだ。
北京にある清華大学の動漫サークルのメンバーの一人である張玉蛍さん(ナノテク専攻)からも、次のようなメールが来た。ほぼ原文そのままでご紹介する。
――「クレヨンしんちゃん」の作者失踪という第一報が入った瞬間から、若者の掲示板ではスレを立て、みんな祈るような気持ちで「どうか無事でいてほしい」という思いを必死で書き込みましたが、やっぱり残念なことになってしまいましたので、みんなはとっても悲しいです。
追悼文をネットに書き込んだり、クレヨンしんちゃんの漫画を読み直したり、それぞれが何らかの形で自分の哀悼の思いを表しています。
若者のみならず、クレヨンしんちゃんは三十代、四十代の人にも大人気なので、中国のマスコミの報道もいっぱいあります。CCTV1や南方週末とか、多くの報道がなされましたが、中でも驚いたのは、CCTV1が日本漫画家を報道するのはこれが初めてで、前代未聞のことじゃないかなぁ、と思っています。
みんな、こんなに熱い思いを持っていたから、まだ死者の正体が確認されていない時に、中国のマスコミではもう作者の臼井先生の死亡が確定したような無責任な記事を書いた者がいたので、ネットではみんながその記者に対する非難の声を浴びせました。それくらい、臼井先生には生きていてほしかったのです。
また同じ清華大学の動漫サークルの黄静波さん(航空工学専攻)からは
――「クレヨンしんちゃん」の作者が亡くなったということに関して、僕たちは日本の人たちと同じ悲しみを味わっています。中国のメディアでは、鳩山首相や酒井法子さんと同じくらい、いやそれ以上に大きく扱っていますが、これにより<クレヨンしんちゃん>がどんなに中国人から愛され、中国のファンたちが、どんなに作者の逝去を悲しんでいるかが分かるのではないかと思います。
というメールが届いた。
若者たちをひとつに結んだ
実際、中国の多くのサイトにアクセスすると、鳩山さんの訪米に関する記事と同じ程度の大きさで、「クレヨンしんちゃん」に関する記事が扱われている。
他の40数カ国においても同様の反応があったようだが、サブカルチャーの持つ力の大きさを、改めて知らされた出来事だった。私自身は子育てをしながら片手間に観たのにすぎないが、それでも思わず吸い込まれて家事の手を休め、子供とともに噴き出してしまったこともある。
中国の若者たちだけでなく、世界の若者たちを、言語と文化と民族を超えて一つに結んだ臼井氏の功績を讃えたい。そして私もまた一つになって、心からの哀悼の意をささげたい。
「新?、一路走好!」
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