「援助交際」少女の家庭観

コメントする

2010年4月2日
将来、父や母のような家庭をつくりたいとは思わない――。「援助交際」にかかわった少女らの7割近くがこう考えていることが、愛知県警の調査でわかった。無作為に尋ねた同世代の少女と比べて圧倒的に多く、「家の居心地の悪さから夜の街に出て、事件に巻き込まれている」と少年課は分析している。
調査は、13~19歳の計100人の少女に昨年5~6月、書面でおこなった。対象は児童買春事件の被害者や、売春相手をインターネットで募ったとして出会い系サイト規制法違反容疑で摘発された少女ら。比較のため、同世代の少女100人にも県内のイベント会場で同様に尋ねた。
事件にかかわった少女のうち、「将来つくりたい家庭は父母らのようなものとは違う」と答えたのは67人で、同世代少女の18人を大きく上回った。46人が「親から放っておかれることが多かった」と答え(同世代少女9人)、親から暴力を受けた少女も36人(同7人)に上った。
深夜はいかいについての問いでも、大きな違いがあった。帰宅時間について、「午後9時まで」と答えた同世代少女が77人だったのに対して、事件にかかわった少女は約半数の34人だった。38人は午後11時以降まで遊ぶと答えた。
こうした少女らに的を絞った本格的な意識調査は初めて。
同課は調査結果を4月中旬から、県警のホームページ(http://www.pref.aichi.jp/police/)で公表。県教育委員会などを通じて各家庭に子どもの居場所作りを呼びかける。(工藤隆治)

山田昌弘が語る「家族の変化」

コメントする

社会現象に見る2009年  山田昌弘・中央大教授に聞く
2009年12月30日

選挙による戦後初めての政権交代が実現し、「チェンジ」を実感した。一方、リーマン・ショック以降の景気後退を受けて仕事が見つからないなど、厳しい生活を強いられている。そんな2009年を新たな社会現象となったキーワードを基に振り返り、若者のあり方などを中心に社会に警鐘を鳴らしている山田昌弘中央大教授に現状分析を聞いた。 (聞き手・福沢英里)

-家庭の経済基盤が不安定になり、家族関係に影を落としていますね。

バブル景気崩壊後の一九九〇年代後半から、失業や収入減少に直面する家庭が増えました。離婚件数が増え、最近は、二十五万件前後で推移しています。児童虐待相談件数は、二〇〇八年度に約四万二千六百件と過去最多。家計の柱だった男性の収入が不安定で低収入となり、家族が危機に直面しているのです。
◆婚活は不安裏返し

-「婚活」ばやりでした。

婚活は〇八年のリーマン・ショック以降、活発化しました。女性は、特に結婚に安定を求めました。派遣切りで理不尽な思いをした女性が多いこともその一因でしょう。再就職が望めないなら、安定した正社員の男性と結婚したいと婚活に走る。しかし、現実は未婚男性の三分の一が非正規。自分が専業主婦でいられる正社員男性との結婚の可能性は、ますます小さくなっています。

-男女とも未婚率が上昇しています。

男性も、収入が不安定だから結婚に消極的だし、結婚相手として選ばれにくい。しかも親と同居したまま、結婚相手を探すうちに年をとる。パラサイトシングルも高齢化しているのです。ここを支援しなければ少子化は止められない。
◆リスク避け「草食」

-「草食系」がもてはやされたのは?

私は、柵で囲われた牧草地でのんびり草をはんでいる草食動物をイメージしている。無理はしない。そこそこの安定があればいい。学生対象のツアーも団体旅行が目立つ。みんなで行けば安心、かつ、安い。リスクを避ける行動様式が若者に広がった表れでしょう。

-就職氷河期の今、就職活動中の学生たちはどうですか?

まじめに就活して、大企業か公務員を目指す方がいいと考える学生が増えている。「金融機関もJAL(日本航空)も、危なくなったら国が支援してくれる」と学生は知っているから。就活戦線からこぼれて「新卒」の強みが無くなれば、チャンスが少なくなるので必死だ。

-鳩山新政権が誕生しました。若い人たちの新政権への期待は?

小泉改革で「結局社会は何も変わらない」ということを学生でさえ痛感している。社会を変えようなんて思う人は、ごく一握りしかいない。「将来のため」とバイトして貯金に励む学生を見ていて、若者が政治に期待しているとは思えない。

-これからの若い人たちが、希望を持てる社会にするにはどうすればいいですか?

新卒一括採用、年齢制限を見直し、通年採用にする。すると何度でも挑戦できる。失業しても次の仕事につながる職業訓練を受けられるような制度の整備も必要です。

また、現行の社会保障制度は「サラリーマンの夫と専業主婦」がモデル家族だった時代のもの。ワーキングプアが存在することを前提としたセーフティーネットにならない。最低限の生活が可能となるシステムや、子育て期、高齢期など経済的に不安定な時期の人たちを、社会で支える方法も考える必要がある。

-意識改革も求められている?

お金のかからない趣味を楽しむ中で人とのつながりを持ち、そこに幸せを見いだす女性も目立つ。「歴女」「仏像ガール」もその例です。これからの時代に必要な生き方。そこそこの生活ができれば、たくさんのお金を持っていなくても、心豊かに暮らせる生き方を各自が考える時が来ています。

2020年に単独世帯3分の1超に

コメントする

世帯数推計:単独世帯、2020年に全都道府県で最多--人口研
◇この国の家族のかたちは--

国立社会保障・人口問題研究所は18日、2030年までの世帯数の将来推計を発表した。1世帯あたりの家族数は減り続け、20年には全家族の34・4%が1人暮らし世帯(単独世帯)と、すべての都道府県で最も多い家族の形となる。前回(05年)推計時は、25年に到達する見込みだったが、5年早まった。

05年に全国平均で29・5%だった単独世帯の割合は10年には31・2%となり、夫婦と子供から成る世帯の割合(27・9%)を抜く。都道府県別では、05年に最も多い家族の形は兵庫など29県で「夫婦と子供」だが、20年には全都道府県で単独世帯が最多になる。東京都は30年、45・5%が単独世帯となる見込みだ。

同研究所人口構造研究部の西岡八郎部長は「非婚・晩婚化が若い世代で進んだうえ、高齢夫婦のどちらかが亡くなった場合でも、子供と同居せずに1人暮らしを続ける人が増えているためではないか」と分析する。

世帯主が75歳以上の世帯数は30年にかけ全都道府県で増加し、神奈川や千葉など13府県で倍以上に。埼玉県は05年の20万6000世帯から30年の60万9000世帯に急増する。【佐藤丈一】

家族と夕食できない父親

コメントする

お父さんの6割、家族揃った夕食が理想、現実は3割がひとりで食事
2009年10月14日

メディア・シェイカーズのマーケティング調査機関M1・F1総研がまとめた調査結果によると、平日に自宅で夕飯を週5日以上(ほぼ毎日)家族揃って食べたいと考えているお父さんは63.3%だが、実際に週5日以上家族揃って食べているお父さんは35.3%にとどまった。

平日に週5日以上、夕飯を自宅で食べるお父さんは76.7%にのぼった。一緒に食べる相手は「子ども」(65.7%)や「妻」(64.0%)が多いが、32.7%は「ひとり」で食べており、理想と現実には大きな開きがある。

家族揃った食事を理想と考えているお父さんは「家族の顔が見たい」(79.2%)、「家族と食べた方が楽しい」(77.9%)を理由として挙げる。しかし実際には「帰宅時間が遅い」(81.1%)、「仕事が忙しい」(40.5%)など、仕事の影響で家族が揃うのは難しい。

家族で夕飯を一緒に食べる頻度が多いほど、家族関係が良好だ。週に5日以上家族揃って夕ごはんを食べる家庭では91.5%が「家族の会話が多い」、88.7%が「夫婦の仲がよい」と回答しているのに対し、週1日以下の家庭では77.0%、79.0%だった。

また、現在の幸福度を100点満点で表してもらったところ、週5日以上家族揃って夕ごはんを食べる人は平均80.7点で、週1回以下の平均72.0を上回った。

調査は、8月22―24日に、小学生以上高校生以下の子供を持つ30歳―50歳代の男女300人を対象にオンラインで実施した。

■関連情報
・M1・F1総研のWebサイト http://m1f1.jp/

日本の子供はいつから「お客様」になった?

コメントする

なかなか面白い記事だよ。日米の子育て観の違いというより、日本の子育てが戦後60年で大きく変わったことに気づかせてくれる話だ。

日本で子供を「お客様」し始めたのはいつごろだろうか。少なくとも1960年代の農村では子供はれっきとした農作業の労働力であり、農繁期ともなれば一家総出で田植えや稲刈りに励んだ。

しかし高度成長期に入るとサラリーマン世帯が増え続け、職住分離が進み、大半の子供は父親の働く姿を知らずに生活するようになった。子供たちは勉強に専念できるようにと個室をあてがわれ、いつの間にか「家業の手伝い」や「家事の手伝い」を免除される「お客様」になった。

このことが子供の成長にどう影響しているか。この記事が触れているように「お互いに思いやり、助け合うという気持ち」の形成の障害になっているとしたらそれは大きな問題だと思う。

日米子育て観の違い
2009年7月3日    * 筆者 鈴鹿規子

アメリカから日本に留学してきている20代の男性と、住まいと暮らしについて話をした。日本人の家にホームステイした時期もあったが、今はアパートで一人暮らしをしている。

日本人の家庭で家族の一員として暮らさせてもらうのがホームステイだと思ってやってきた彼がまず驚いたのが、家族みんなが彼を「お客さま」として迎えたことだという。朝ごはんから夜寝るまで至れり尽くせりで、親切心はわかるがかえって居心地が悪かったという。言葉が通じ難いというもどかしさもあったようだが、「お邪魔させていただいて申し訳ない」と言う気持ちを持たざるを得ない接待ぶりが彼の居心地を悪くしたのだろう。

アメリカでは、子供も家の中で役目を持っていて、「これはあなたの仕事よ。いくら勉強が忙しくても家族の一員なら自分の役目は果たしなさい」と言われるという。彼がよく観察していると、「ホームステイ先の家の子供はどうも家での役目を持っていないらしい、何の手伝いもしていない」ということに気付いたそうだ。その家の子供さえもお客さま扱いされている。これでお互いに思いやり、助け合うという気持ちが育つのだろうかと、アメリカの家庭教育との違いに驚いたという。

その家の子供も客扱いされているのだから、当然ホームステイしている外国人の彼がお客同然に扱われるのは、その家にとっては自然なことなのだが、家のつくりや、お風呂の入り方、食事の内容の違いより、「文化が違うのだなあ」と感じたのはそのことだったと言う。

アメリカでは、18歳になったら家を出て自立するのだから、その時に何でも自分で出来るように家の仕事を覚えておきなさいと幼いときから言われていたそうだ。ホームステイ先で夕食後「お皿は僕が洗います」と申し出たら「散らかっているからいいの。キッチンに入って来ないで。それよりテレビでも見ていて」と追い返されたそうだ。

昔聞いた江崎玲於奈先生のアメリカと日本の教育の違いについての話を思い出した。

「世の中に出たらこの子も荒波にもまれて苦労するだろう、という認識はアメリカも日本も同じです。その前提を踏まえて、アメリカは、世の荒波に対抗できるよう今のうちに厳しく強く育てておこうと考え、日本は、厳しい未来が待っているのだから今くらい楽にさせてやろうと考えているように私には見えます」とおっしゃっておられた。サバイバル能力をいかに身につけさせるか、それには、自立できる生活能力を身につけさせるのはとても大事なことと理解した。

「自立させるために一人一部屋の子供室を与える」という話はよく聞くが、果たしてそれだけで子供は自立した人間に育っていくだろうか。子供室の掃除、子供たちの衣服の洗濯、調理・後片付けなど全ての家事に子供を参加させないでどうやって子供を自立した人間にするのだろうと、アメリカからやってきた青年と話していて思った。

対面式キッチンが普及して、夫や子供たちとのコミュニケーションがよくなった、彼等がキッチンに入ってくる回数も増えたと喜ぶ声を主婦からよく聞くが、まだまだ家事を分担しあう、助け合う、それぞれに育っていく、というところまでは行っていないようだ。

子供には6畳程度の子供室がそれぞれにあり、夫婦は二人合わせて6畳~8畳、ここにも子供を優遇しすぎている日本の現状が垣間見られるような気がする。

住まいを考える前に、家族としてのそれぞれのあり方を問い直す必要があるように思った留学生との対話であった。

母親に重くのしかかる家庭教育の負担

コメントする

こどもが賢く育つかどうかは「家庭教育」にかかっている。最近良く聞く意見だよ。

例えば、居間に百科事典や地球儀があるか。たまには親子そろってミュージカルを見に行くか。といった家庭の「環境」や「文化」の差って大きいものね。経済的な問題を含めて、こうしたことが教育格差に直結しているのは間違いないと思う。

だとすれば、ますますプレッシャーがかかるよね。特に働くお母さんにとっては。自分が働くことによって、子供の面倒を十分見ることができないのでは、といった不安と背中合わせだもの。

子育て:負担感、常勤の母に重く 保育園児の習い事増える--ベネッセ調査

◇「自分が犠牲仕方ない」増加/「育児向いている」減少

家庭教育に熱心で「子どものために自分が犠牲になるのはしかたない」と思う母親が増えていることがベネッセ(岡山県)の調査で分かった。首都圏の母親の回答を5年前と比べると、特に常勤で働く母親に顕著だった。

調査は昨年9~10月幼稚園児・保育園児の保護者を対象に実施。埼玉、千葉、東京、神奈川の4都県の母親約3000人(子どもは幼稚園児70%、保育園児29%)について5年前の前回調査と比較した。

心がけているしつけや教育方針を複数選択で聞いたところ、「起床・就寝時間など規則正しい生活リズム」が56%から70%、「手作り料理を食べさせる」が40%から50%、「ゲーム機で遊ぶ時間を決める」が18%から29%--など多くの項目で5年前より割合が増えた。習い事をする子どもの割合は、幼稚園児は67%で横ばいだったものの、保育園児で44%から48%に増え、全体では58%から62%に増加した。

一方、「子どもの進路は本人に任せるべきだ」は89%から86%に、「大学進学や学校名にはこだわらない」も79%から77%に減少。子どもの将来に関与する傾向がやや強まっている。

自分の気持ちに近い意見を選ぶ設問では「子育ても大事だが自分の生き方も大切にしたい」が63%から56%に減少し、「子どものために自分が犠牲になるのはしかたない」が34%から41%に増加した。特に常勤で働く母親は、専業主婦やパートなどの母親に比べ増減幅が大きかった。

常勤の母親に限って5年前との変化をみると、「いい母親であろうとかなり無理をしている」が10%から14%に増加、「自分は子育てに向いている」が45%から40%に、「普段から夫婦で互いの関心事を話し合う」が65%から58%にそれぞれ減少した。いずれの回答も専業主婦やパートなどの母親と増減が反対の傾向を示しており、常勤の母親の負担感の高まりがうかがえる。

調査を監修した青山学院大学の樋田大二郎教授(教育社会学)は「学力低下や格差社会への不安から育児に頑張り過ぎ、教育を買おうとする親の姿が浮かぶ。メディアの情報にも影響されやすいのでは」とみている。「教育への不安はお金で解決しようとしても際限がなく、夫と自分なりの子育てを作るしかない。幼稚園や学校が『その方法でいいよ』とメッセージを送ることも重要だ」と指摘する。【大和田香織】

◇家庭教育、これ以上は無理

「『家庭教育』の隘路(あいろ)」などの著書がある東京大学の本田由紀教授(比較教育社会学)の話

90年代末から00年代にかけ政策面では改正教育基本法など家庭教育の重要性が強調されてきた。現実には家庭・学校・企業による人材育成・雇用の枠組みが壊れ、親はわが子を「負け組」にしないために幅広く包括的な能力を身につけさせなければ、と強迫観念に襲われる状況になっている。母親が働いていても家事・育児の負担が集中する構図は残っており、この調査結果は、家庭教育にこれ以上の責任を負わせるのは無理なことを物語っている。国は幼児教育の無償化も検討しているが、幼児に限らず、家庭の外でだれもが質の高い教育を受けられ、将来の生活が確保される仕組み作りを急ぐ必要がある。

シングルライフ化と家族願望

コメントする

ちょっと違和感を感じた記事だったので取り上げました。

確かに「シングルライフ化」は進んでいると思う。でも「家族」が敬遠され、わずらわしく感じられている、というのはどうかな。条件さえあれば結婚したいし、子どももたくさん欲しいという若者のほうが圧倒的に多い気がするよ。

老後を一人寂しく送りたいと考えている人なんて皆無じゃないかな。年寄りにとって一番の幸せは孫と生活できることだし。

人が一番恐れるのは孤独と寂しさだよ。ペットもいいけど、家族と一緒に住みたいという願望は根強いよ。でもそれを妨げている要因が何かあって一つ屋根の下に暮らせない家族が増えた、というのが実態じゃないかな。若者だっていつかは年老いるんだし、適度な距離感を保ちながら、結びつき合えるような新しい家族観が求められているのかもしれない。

マイホームから家族が消える日(2)
2009年5月15日

マイホームから家族が消えつつある。前回に続いてこのテーマをさらに掘り下げ、あらためて整理しておきたい。それは、これからの日本の住まいの行方を見定める上で、とても重要なことだと思うからである。

少子・高齢化社会が現実となった現代日本は、都市でも、郊外ニュータウンでも、農村でも、一人暮らしや二人暮らしの世帯が増え、マイホームに暮らす家族の「少人数化」は進行し続けている。結婚しない若者が増え、離婚率もあいかわらず高い。そして、何よりも親が子供夫婦と暮らさなくなり、子供たちも親のマイホームを飛び出して新たなマイホームをつくることが、いまや当たり前となった。現代日本人の多くが、多世代同居を望まなくなったということだ。

同時に、夫婦とその子供たちが暮らす核家族世帯のライフスタイルは大きく変化し、家族が一緒に過ごす時間がとても少なくなった。マイホームでのその生活シーンは、家族それぞれがまるで一人暮らしをしているかのようだ。それを可能にしているのが、最新科学技術を搭載した住宅設備機器や家電製品であり、情報通信技術(IT)であり、社会・経済システムだろう。日常生活の利便性は、数十年前と比べたら隔世の感がある。

最近は、一人暮らし世帯を「シングル」、二人暮らし世帯を「カップル」、核家族や多世代・多世帯の大家族を「ファミリー」と呼ぶことも多い。それにならって言えば、現代日本人のライフスタイルは、シングルもカップルもファミリーも、総じて「シングルライフ化」に向かって突き進んでいるということだろう。それは、マイホームから家族が消えていくことに他ならない。

人気TVアニメの「サザエさん」や「ちびまるこちゃん」のように家族全員で毎日夕餉を囲むだんらんは、マイホームを象徴する生活シーンだった。でも、それはもう遠い昔のおとぎ話になってしまった。それでも、いまもマイホームは、シングルライフを支えるあらゆる利便性を搭載した商品化住宅となって大量供給され続けている。シングルライフ化に突き進む現代日本の家族は、マイホームにいったい何を求めているのだろう。

「遠くの親戚より、近くの他人」と、昔からよく言われる。どうしたって人は一人で暮らしていけない。だから、親戚や家族という血縁も大切だけど、向こう三軒両隣の地縁はもっと大切だということだろう。「縁」とは、辞書をひもとけば実に奥深い意味を持つ言葉だ。ここでは人と人をつなぐ契機、きっかけと素直に解釈していいと思う。

血縁と地縁が一体となって人々の暮らしを守り、同時に人々をがんじがらめに縛り付けていたのが封建社会である。その血縁と地縁から人々を解き放つことが、まさに近代化だった。そして登場するのが、血縁の最少単位である核家族のための「nLDK」と間取り表示されるモダンリビングつまりマイホームであり、故郷の地縁から解き放たれた郊外ニュータウンである。日本では、第2次大戦後の20世紀後半を通して徹底的な近代化が推し進められてきた。その結果のシングルライフ化である、そう考えていい。

シングルライフ化は、人と人との「縁」を希薄化し、同時にフリーにもする。だから、シングルライフは、家に1人ひきこもることもできれば、積極的に「縁」を求めて探すこともできる。それを可能にしているのが、インターネットというコミュニケーション・ツールである。出会い系サイトなど、それは様々な「縁」があふれかえっている。そして、インターネット上のバーチャルコミュニティー(SNS=ソーシャルネットワーキングサービス)を含め、様々な「縁」から様々なコミュニティーが登場している。それは、就職も結婚も人生のあらゆる選択肢がフリーになったことの現れであり、シングルライフ化した社会の特徴でもある。

シングルライフは、どうしたって寂しい時もある。ペットを子供化し、家族化する空前のペットブームもその現れだろう。また、シングルライフゆえに悲しい出来事が多発している。その象徴的な出来事が老人の孤独死だろう。都会の片隅で一人静かに死にゆく人たちがあまりにも多い。シングルライフ化した現代社会に生きる人々は、かつての強固な地縁や血縁とは別の、もっと緩やかな「縁」を求めてさまよい歩いているように思えてならない。その新たな上質な「縁」を醸成するために、私たちの住まいはどうあるべきなのだろう。家族が消えたマイホームの行方を、次回もさらに考えてみたい。

「家族団らん」がなくなった日本の家庭

コメントする

たしかに「一人ぼっち」は増えてるね。近所を見渡しても老人の一人暮らしなんて普通だし。都会で就職してそのままシングルライフって人も結構いる。もっとすごいのは、家族があってもバラバラの生活を送っている人たち。仕事で忙しいお父さんはもちろん、子供たちも一緒に食卓を囲もうとしない家もあるみたい。こうなると家族っていったい何、と思ってしまうよね。

マイホームから家族が消える日

2009年4月17日

ひとつ屋根の下で楽しげに夕餉を囲む家族、それが家族を象徴する典型的な光景だろう。「サザエさん」や「ちびまるこちゃん」家族の夕食シーンを思い浮かべればいいかもしれない。第2次大戦後の日本人は、そんな家族のだんらん光景を夢見てマイホームを求め続けてきた。でも、いま、そのマイホームから家族の光景が消えつつある。少なくとも、家族のかたち、家族だんらんのかたちは、大きく変わろうとしている。

最近、結婚しないでバリバリ働く女性、離婚して晴れ晴れと暮らす友人、連れ合いに先立たれたけど元気なおばあちゃん、そんな一人暮らしをする人が増えている。とにかく、シングルライフを楽しむ人を身のまわりに多く見かけるようになった。その一方で、「サザエさん」や「ちびまるこちゃん」家族のような大家族を見なくなった。それらのTVアニメが人気あるのも、大家族の生活シーンはいまやノスタルジックなおとぎ話となったからではないだろうか。また、小型犬や猫のペットを飼う人が多くなったのも、家族の「少人数化」のせいであることはいうまでもない。

実際、東京に暮らす家族の平均人数は、いまや約2.1人だという。東京の家族のほとんどは2人暮らしになったということだ。結婚しない若者が増えていることはもちろんだが、子供家族と一緒に暮らさない、暮らしたがらない高齢者が増えていることが、何よりもその原因である。ビートルズやローリングストーンズを聞いて青春時代を送った元気な高齢者(アクティブシニア)は、子供家族よりペットと暮らしたほうが気ままでいいと考えているらしい。

日本の人口は、昨年あたりでピークに達し、ついに減少し始めた。そして、家族の「高齢化」と「少人数化」はどんどん進行している。マイホームで暮らす家族人数が、1人(シングル)あるいは2人(カップル)となり、それでも家族(ファミリー)といえるのだろうか。マイホームから家族が消えていっている。

とはいえ、夫婦とその子供からなる子育て世代家族が、いまも家族の主流ではあることに変わりはない。ただ、そのライフスタイルは大きく変化していて、家族全員で一緒に過ごす時間がとても少ないことがその特徴となっている。

夫は会社で残業、妻はパートやカルチャースクール、子供は学習塾と、家族全員それぞれが何かと忙しくせわしないのが現代ファミリーの日常生活だろう。家族全員で一緒に食事をするのは一週間のうち何回あるかという質問には、1~2回という回答が圧倒的に多い。その生活シーンは、ひとつ屋根の下に暮らしていても、家族それぞれがまるで一人暮らしをしているかのようだ。

そんな暮らしをサポートしているのが、進化してやまない住宅設備や携帯電話などのコミュニケーション・ツールだろう。蛇口をひねればすぐお湯は出るし、電機ポットも電子レンジもあるから、いつでも好きな時に1人で食事はでき、お風呂にも入れる。それに、近所のコンビニに行けば何でもあるし、インターネットで家に居ながら何でも買える。また、携帯電話やEメールがあるから、いつどこにいても家族同士のコミュニケーションは可能だ。日常の連絡事項など、直接会話しなくても済んでしまう。そのライフスタイルは、家族一緒に暮らしているのにシングルライフそのものといっていい。

日本の家族は、「高齢化」や「少人数化」を背景に「シングルライフ化」へと向かっている。そして、いずれマイホームから家族が消える日はやってくるだろう。だからといって、家族のきずなが希薄になるとは思わない。家族が一緒に暮らそうが暮らすまいが、シングルライフ化が進めば進むほど、家族のきずなはますますかけがいのないものになっていくに違いない。同時に、近隣コミュニティーの醸成もますます不可欠となっていく。

家族が「血縁」のきずななら、近隣コミュニティーは「地縁」というきずなだ。それらのきずなを醸成する舞台としてマイホームはこれからどうあるべきだろう。共に暮らす家族や近隣住人一人一人に、それぞれのライフスタイルがきちんとあって、それぞれが互いの気配をいつもさりげなく感じ合い、自立しながらもサポートし合う生活拠点、僕はそんなマイホームを漠然とイメージしている。そのとき、家族は、近隣コミュニティーに溶け入っているように思う。

親の面倒見たくない日本の若者

コメントする

ちょっとショッキングなニュースだね。親の面倒を見なきゃと思っている若者が激減しているよ。ヨーロッパに比べてダントツに低い韓国よりさらに低いもの。若者たちに聞きたいよ。自分の老後はどうするのって。こりゃひょっとしたら教育問題より深刻かも知れないね。世代間の文化継承がどこか壊れちゃってるよ。

日韓若者、老親を「どんなことしても養う」は3割前後

2009年3月28日6時26分

日本と韓国の若者は、将来、親の面倒を見ようという意識が低い――。日韓、欧米の計5カ国の若者を対象にした内閣府の調査で、こんな実態が浮き彫りとなった。

調査は日本、韓国、米国、英国、フランスで、18~24歳の男女各1千人前後を対象に5年ごとに面接方式で実施しており、今回で8回目。

現在、母と暮らすのは韓国が77%(父とは74%)と最も多く、次いで日本が74%(同68%)で、欧米3カ国の平均は48%(同37%)だった。

「親から経済的に早く独立すべきだ」という考え方について、「そう思う」が各国とも75%を超え、日本は89%と最も高く、次いで韓国の84%だった。

一方、将来、年老いた親を「どんなことをしてでも養う」と答えたのは英66%、米64%、仏51%と欧米が高かったが、日本は28%、韓国も35%と低かった。逆に「将来、自分の子どもに老後の面倒をみてもらいたいか」の問いでは、「そう思う」は欧米3カ国の平均67%に対し、日韓は40%台だった。

日韓の若者の傾向について、内閣府の担当者は「親との同居世帯は多いが、将来への独立志向が高く、親の面倒をみるという意識も低い。欧米に比べると親子関係はドライなのかもしれない」と話している。(石塚広志)

料理番組の変遷から見えるもの

コメントする

なるほど、チョット深いニュースだね。両親に子供二人という設定はもはや現在の日本の平均家族から相当ずれてしまっていると。実際は4人家族でも父親は夜遅くしか帰ってこないとか。上の子は受験を控えていて夜の弁当もって塾通いだとか。今の教育を巡るいろんな出来事の大半はこうした家族のあり方とリンクしているんじゃないかな。

料理番組 “縮む食卓”どう見る?

放送開始から52年になるNHK教育テレビの「きょうの料理」が、3月末から目安となる材料の量を4人分から2人分に減らすことになった[1]。当初は5人分だったのを核家族化の進行に伴い65年に4人分に改めていたから、44年ぶりの変更になる。わが国の1世帯当たりの人数は、大正から昭和30 年代にかけてほぼ5人だったが、1970年に3.41人、90年2.99人、95年2.82人、2005年2.55人と縮小し続けている[2]。番組テキストのアンケートでも2人分を望む声が多かったのだという。“縮む食卓”には一抹の寂しさを感じるものの、飽食に慣れた頭を冷やし、過剰な幻想をまとった面もある家庭の「料理」を考え直す、いい機会かもしれない。
◇       ◇

■4人前から2人前、「内食」嗜好
テレビテキストの3月号には、4人分のレシピもかなり残っている。たとえば「いわしのマリネ」ならイワシ6匹、「かにたまのチリソースがけ」は卵5個、「五色シューマイ」では豚バラ肉300グラム……主役だけでこれだけ必要になる。もちろん、まとめて作ったほうが合理的な料理もあるだろうが、1、2人向けの家庭料理が常に作り置きで冷凍庫行きというのでは、考え直さざるをえないだろう。既に1979(昭和54)年から月1回、自炊者のための2人前シリーズ、94年(平成6)年からは若者・お年寄り・単身赴任者向けの「一人暮らしのクッキング」が出現していたから、突然の変化というわけではない[3]。今年2月の政府月例経済報告では、個人消費の基調判断が「緩やかに減少」となった[4]。「減少」という表現は項目別判断になった1998年以来初めてだから、財布の紐は凍りついている。食材と費用を無駄に使うことはない。イトーヨーカドーの調査では、みそ、しょうゆ、砂糖など調味料の売り上げが前年比1割ほど増えた[5]。景気低迷のため自宅で過ごす「巣ごもり消費」が言われる今冬だが、「内食(うちしょく)」嗜好がこんな数字にも表れ始めた。

■毎日異なる献立の誕生
何を食べているかを見れば、どんな人間か分かる──面があるかもしれない。1948(昭和23)年度には都市住民は1日の総カロリーの83%を主食で取っていたが、今や米からの摂取カロリーは3割以下[6]。戦前、庶民の食生活は長い間、いわゆる一汁一菜で、麦や米の飯に味噌汁、漬物、魚といったものだった。1922(大正11)年になって国立の栄養研究所が「経済栄養献立」を作成、炭水化物以外の栄養摂取を呼びかけ始めた(『日本食生活史年表』西東秋男著)。一朝一夕に変わるものではなかったが、1893(明治26)年9月24日の『時事新報』には既に次のような記事があるという(『きょうも料理 お料理番組と主婦 葛藤の歴史』山尾美香著)。「今日は何にしようネ─と毎日細君の困るのは何(いず)れの家も同じことなれば、其(その)便利を謀り是から時事新報の片隅に毎日のおカヅを揚ぐることとなしぬ」。山尾氏によると、これは日本で初めての新聞連載の料理記事。上流階層の家庭では当時、日々異なるメニューが出され、同時に主婦が献立に頭を悩ませていたことがうかがえるという。

■朝一番のラジオで
明治末から大正、昭和初期にかけ、家庭料理の啓蒙に当たったのは本や雑誌だったが、1925(大正14)年7月にNHKの前身である東京放送局(JOAK)がラジオ放送をスタートさせると、さっそく料理番組が登場した。翌年3月の読売新聞朝刊を見ると、9面が1ページ大の「よみうりラヂオ版」で、トップは2段組みの一覧表「今日の放送番組」。東京(JOAK)の朝一番(9時40分)の放送が「料理献立」となっている[7]。また10面にはこれを受けた「けさの放送のお献立」という欄があり、「鮑のむし焼」(当日分)の予告、および「鮭と馬鈴薯の揚もの」(前日分)の材料と手順を詳しく紹介している。別の日には「五目ずし」「蛤の酒むし」なども見える。翌昭和2年には1年間の放送内容をまとめた『ラヂオ放送 四季の料理』(東京中央放送局編)が発行されているから[8]、一定の人気があったようだ。台所での実践がどうだったかという点はつかみがたいが、ハイカラなメディアが紹介する外国料理などが、家庭料理の多様な姿──あるいは可能性、ないしは夢──を列島の津々浦々まで刻印し続け始めたことは想像できる。少し下って1941(昭和16)年になると、「材料入手難の献立放送」と題した放送に関する座談会の記事もある。ここでは「形式にとらわれて、(…)材料が得られないようなもの」が多く、「芋菓子の作り方というのがあったが、今どこを歩いてもお芋などない。これは本当の家庭料理でなくて、お料理のための料理という感じ」がする──といった批判が寄せられている[9]。実用性から遊離して自己目的化しているのではないか、という指摘だ。

■先陣は「奥様お料理メモ」
テレビ放送が始まったのは1953(昭和28)年2月1日。菊五郎劇団の『道行初音旅』中継で自ら祝ったNHKの本放送開始の日だが、翌2日の午後1時 15分からのプログラムに「季節の日本料理『夕食の工夫』」が早くも登場する[10]。3日は「お弁当の工夫」だ。10日には「テレビ時代」という読売の企画記事で、大野(伴睦)衆院議長の夫人が「お料理のつくり方など耳で聞くラジオと違ってよくわかる」と語っている[11]。同年8月に放送を開始した民間放送のNTV(日本テレビ)は3年後、日本初のテレビでの料理の帯番組(月─土曜の午後1時から)「奥様お料理メモ」を手掛ける[12]。モットーは「夜の献立で気軽に利用できる実用的なものばかりを紹介する」だった。「タマネギのスープ、ハムエッグ」といった飾らないメニューは「親近感に満ちあふれている」と好調なスタートを切り、1962(昭和37)年3月まで続く(『きょうも料理』)。途中からは昼の定時番組では初のカラー放送になり、茶の間に原色のホウボウやエビ、ワンタン、カキフライなどの映像が届けられ、感動を呼んだ[13]。それまでイモムシのようにしか見えなかったマヨネーズが、カラーになると実にうまそうに見えたという。

■「きょうの料理」と「3分クッキング」
今回「2人分」で話題をまいたNHKの「きょうの料理」が誕生したのは、NTVの「奥さまお料理メモ」に1年遅れる1957(昭和32)年11月。NTVはその後、1963(昭和38)年に「(キユーピー)3分クッキング」へとバトンタッチし、両者とも現在まで続く長寿番組の双璧となっている[14]。「3分クッキング」の企画会議のもようを担当者(男性だった)が書き残しているのが面白い。「くたばれ台風!(台風に備えた火を使わない料理)」「夏よさようなら」「秋よこんにちは!」などがテーマに上がり、講師ともども爆笑しつつ知恵を絞ったのだという[15]。結論はこうだ──「今までのように花嫁修業のためのクッキング、ご主人に献身的な妻のためのクッキングを一歩進めてだれにでも親しんでもらえる“食べものの話”を中心にしようということになった」。これは明治以来、家を守る女性のたしなみの最右翼として啓発・推進されてきた──それは本質的に国家精神からの要請である──家庭料理にとって、画期的な転換点ということになるだろう。知的・趣味的な好奇心が、女性に押し付けられてきた役割としての料理に疑問符を付けたのである。当初の材料費は1人30円で5人分を目安としていた。そしてこの設定人数は4人分に減ったあと、さらに料理により自由に変えるようになっていった。今から14年前に放送1万回を達成した際には、ハンバーグとポテトサラダを戦後の代表的な洋風料理として取り上げている[16]。手軽で飽きの来ないものを目指し続けた歴史だ。

一方、「きょうの料理」の方は、一般勤労者の1食当たり30円だった食費を上回る40円前後を目安に、旬のものをおいしく栄養的に調理し、「時代の半歩先を進む」という意図で始められた。テキストの創刊号も「魚のオレンジ煮」「寒天を使った中華風酢の物」など、やや物珍しいラインナップだが、これは徐々に実用志向に変わっていった。しゃれた洋風料理(バーベキュー、サンドイッチ、コロッケ、グラタン)などが視聴者の耳目を集めたのが昭和30年代、昭和40年代に入ると〈1〉和食への揺り戻し〈2〉女性の社会進出を反映した「スピード料理」の登場、昭和50年代は〈1〉単身者などへの「自炊」伝授〈2〉グルメ派への「男の料理」提案〈3〉帰宅後に見るための「夜の再放送」開始──と、生活環境の推移を如実に捉えた番組作りが連綿と続いている[17]。

■料理番組の功罪は
これら“伝統的な”番組のほかにも枚挙にいとまがないほど、食を舞台にする番組は発信され続けた。数々の俳優、タレント、文化人が登場して作り、食べ、語ってきた。食事を作るという行為が、テレビ向けの素材として、これ以上ないほどの好条件を有していたためだ。1990年代半ばに文字通り日本中を席巻したフジテレビの「料理の鉄人」は、そうした番組の頂点を極めたものと言えるだろう。細かいカメラワークや迫力ある実況中継、複数の料理人によるリアルタイムの真剣勝負により、ほとんど「スポーツの名勝負」を見る思いがしたものだ[18]。戦後の料理を取り巻く環境のドラスティックな変化。振り返ればそこにはいつも、未知の対象に触れる喜びがあった。スーパーマーケットの開店(昭和28年)、電気釜発売(同30年)、公団団地(ダイニングキッチン誕生)への入居者募集(同31年)、インスタントラーメン(同33年)、インスタントコーヒー(同35年)の出現、電気冷蔵庫普及(同35年)、電子レンジ誕生(同 39年)、ハンバーガーチェーン1号店(同46年)……。料理番組のブラウン管では世界中の料理が紹介され、異国への関心は徐々に日常的な見聞へと変貌していった。興奮を覚える知恵の奔流だった。

しかし、その一方で、過度な情報が必ずもたらす画一化の弊害も加速化された。目先の変わったものを求めるだけの風潮がしみついてしまった嫌いもある。18世紀のフランスで花開いた、万物を組織し尽くしたいという百科全書派の情熱にも似て、明治以来、続いてきた西欧、そして全世界の文物を完全に摂取してみたいという野望が、料理の分野ではいまだに息づいている感がある。文明開化のモチベーションが現存しているのだ。洪水のように流れ込む食材と多国籍化した料理。日本で享受できる外食の自由と満足度は間違いなく世界一であり、えも言われず楽しい。ところで「家庭料理」という面ではどうか。家庭の料理は、はたして、料理番組や雑誌などが百花繚乱、押し付けてくるものの総体から成り立っているものなのだろうか? もっとシンプルに整頓することが、家族に(主婦に)無用な負担をかけずに深い満足と滋養を得られる道につながるのではないだろうか? そういう意識で自分を取り巻く食と、改めて対話してみる必要がないだろうか?
◇       ◇

自分は何が好きだったかを、静かに思い起こしてみることから始めたい。お仕着せの「おふくろの味」ではなく、この自分の母は何を得意とし、何を食べさせてくれたのだったか。子供のころ心躍らせて扉を押し、外食したあの味は何であったか? 家庭料理が子供の心に大事な記憶を残すことは間違いない。ただ、山海の珍味をめまぐるしく与えることで、何かが残るというものではないだろうし、また出来ることでもない。極論すれば貧しい食卓でもよい、涙をすすりながら食した経験こそが、無上の美味に目を開かせるのかもしれない。料理や食事の真の喜びは、自らを省みることでしか生まれないだろう。「2人前」の時代、「個食」だといって、それは決して悪いことばかりではあるまい。無駄や虚飾や過剰な好奇心と離れたところで、ほんとうに食べたい物を食べているだろうか、情報に焦りながら、強迫観念のなかで毎日の食生活を送っているのではないだろうか……白い飯と汁と魚を前に、たまにはじっくり考えてみたいところだ。(令)

フォロー

Get every new post delivered to your Inbox.