[第14回] いまどきの吸血鬼が映し出す米国社会
宮家あゆみ Ayumi Miyake ニューヨーク在住ライター・翻訳者
米国はいま、新たなヴァンパイアブームだ。ケーブルテレビ局HBOで08年9月に始まった吸血鬼ドラマ「トゥルーブラッド」が、第2シリーズに突入した現在も高視聴率を維持している。同年11月には、ステファニー・メイヤーによる少年少女向け人気シリーズ小説『トワイライト』が映画化され、大ヒットを記録。若者を中心に熱狂的なファン層を生み出し、ハリー・ポッター以来の社会現象ともなった。映画の続編となる「ニュームーン/トワイライト・サーガ」は、米国では今年11月20日から公開予定だ。今回のフィクション部門リストには、なんと3冊もヴァンパイア小説がベスト10入りした。現代アメリカならではの吸血鬼本を3冊紹介したい。
まず、7位のシャーレイン・ハリス著『Dead and Gone』。スーキー・スタックハウスが主人公となるサザン・ヴァンパイア・シリーズの9作目で、前述のドラマ「トゥルーブラッド」の原作である。物語の舞台は現代の米国南部。
吸血鬼は社会的に認知されてマイノリティーながらも人権を得ているという想定だ。オオカミ人間やヒョウ人間など動物に姿を変えられるシェイプシフターや、魔女も登場。吸血鬼向けの飲み物(トゥルーブラッド)や、テレビの吸血鬼専門チャンネルも存在し、米国の日常生活の吸血鬼版がコメディータッチで描かれる。
主人公のスーキーは、人の心を読む能力を持つ妖精で、普段は酒場でウエートレスとして働いている。ヒョウ人間の義姉が何者かに殺され、スーキーは妖精社会の抗争に巻き込まれる。ヴァンパイアに続いてオオカミ人間たちが自分たちのアイデンティティーを人間社会にカミングアウトしたことによってヘイトクライム(憎悪犯罪)が起き、ヴァンパイアとシェイプシフターの間にも偏見や差別が存在するなど、米国社会が抱える問題を映し出すようなエピソードも多い。そして、欠かせないのが魅力的な男性吸血鬼たちとのロマンス。ヴァンパイアから生き血を与えられる場面は特にセクシーだ。スリラー、ミステリー、コメディーの要素がちりばめられたヴァンパイア・ロマンス小説の王道作品といえる。
1位のローレル・ハミルトン著『Skin Trade』も、ヴァンパイア・ロマンス小説として高い人気を得ているアニタ・ブレイク・シリーズの17作目。スーキーと同様、主人公の女性アニタは吸血鬼ではないが美しい容姿の持ち主。罪を犯したヴァンパイアを処刑するヴァンパイアハンターで、死者を一時的に蘇生させる能力を持っている。凶悪な連続殺人犯ヴァンパイアからアニタの元に人の首が送り届けられる。捜査のためラスベガスに飛んだアニタは、残虐なトラ人間たちと対決する。恋人のヴァンパイアとのロマンスも描かれるが、前作までと比べると、ミステリー的色彩が強い。
一説によれば、アメリカでの昨今のヴァンパイア人気は60年代後半の反体制運動に端を発しているという。新しい若者文化の誕生のなか、究極のアウトサイダーとしてのヴァンパイアがクールな存在となり、ポップカルチャーに浸透したという説だ。また、ヴァンパイアの描かれ方は時代を反映する。かつては恐ろしい存在だったヴァンパイアは、いまや美形でセクシー、性格が良く、同時に暗さもあわせもつ、10代から20代のあこがれの対象となっている。
9位の『The Strain』は、ロマンス的要素を排除したスリラー・ミステリー小説で、上記2冊とは一線を画した骨太な作品だ。06年末公開の映画「パンズ・ラビリンス」で翌年のアカデミー賞にもノミネートされた、メキシコ出身の映画監督ギレルモ・デル・トロの小説家デビュー作であり、作家チャック・ホーガンとの共著。ヴァンパイア対人間の戦いを描いた3部作の1作目となる。
物語は、ニューヨークのジョン・F・ケネディ国際空港に着陸したボーイング777型機の機内で突然、異変が起きるところから始まる。生物テロの可能性を視野に入れ、機内に乗り込んだドクター・グッドウェザー率いる捜査員たちは、血の凍るような光景を目にする。一方、ニューヨークのスパニッシュハーレムで質屋を営む、かつては教授でありホロコーストの生存者アブラハム・セトラキアンは、その異変に気づいていた。ヴァンパイア・ウイルスの感染拡大を食い止めるため、セトラキアンとドクター・グッドウェザーが手を組み、マンハッタンの地下鉄構内でマスター・ヴァンパイアとの戦いに挑む。
緊張感のある場面が次々と出てきて、映画を見ているような錯覚に陥る。
物語は完結せず、続編が待ち遠しくなる。当初、3シーズン限定のドラマシリーズとしてテレビ局に構想が持ち込まれたが、経費がかかりすぎるのと、コメディーではないという理由で断られ、著者の長年の夢だった小説として出版された。デル・トロ監督は多忙だが、映画化を期待したくなる作品だ。
米国のベストセラー(フィクション部門)
2.は『タイタニックを引き揚げろ』の著者のNUMAファイル・シリーズの新作。ミクロネシア諸島近海で米国政府が極秘に進めていた生物医学研究内容が何者かに奪われる。
3.は予算削減のあおりを受けてロサンゼルス・タイムズ紙を追い出される寸前の記者が、自らのキャリアをかけ、殺人事件を追うノンフィクションの執筆を決意。殺人罪に問われ収監中の16歳の麻薬ディーラーが犯人ではなかったことを知る。
4.の舞台は1937年の上海。裕福な家庭の中国人姉妹が、父親の事業失敗で、中国人花嫁を探しにきた米国人に売られ、渡米する。著者は中国人を曽祖父に持ち、中国文化に造詣が深い。
5.はニューヨークのソーホーのロフトに住み、女性フォトグラファーとして活躍する主人公がクリスマスに仕事先のロンドンで、アイルランド系米国人の人気作家と恋に落ちるというロマンス小説。
6.は元米国軍人ジャック・リーチャーが主人公となるシリーズの13作目。
ニューヨークの地下鉄車内での事件が、ワシントン、カリフォルニア、アフガニスタンへと展開する、息もつかせぬサスペンスストーリー。
8.はウィメンズ・マーダークラブ・シリーズ8作目。サンフランシスコの富豪宅のパーティーで起きた著名人カップルの殺人事件。女性警視リンゼイ・ボクサーが活躍するスピード感にあふれるミステリー作品。
10.はミネアポリス市警警部ルーカス・ダベンポートが主人公となるシリーズの19作目。08年、ミネソタ州セントポールで開かれた共和党大会を舞台に繰り広げられるサスペンス小説。