フランス人は日本のポップカルチャーが好き
2009年08月19日 16:44更新
小幡 公春
去る7月2日~4日、フランスのパリ郊外で開催されたジャパンエキスポに行ってきた。
ジャパンエキスポは、アニメやマンガ、ゲームなどのポップカルチャーから、武道や華道、茶道などの伝統文化まで、幅広く日本を紹介するイベントで、今年の開催で記念すべき10回目となった。
4日間で、何と14万人以上が集ったそうだが、日本文化へのフランス人の関心の強さが伺われる。と言っても、来訪者の大半は日本の文化全般というよりもアニメやマンガに触れることがお目当てで、2割近くの来訪者がアニメやマンガのキャラクターの格好をして来る。所謂、コスプレーヤーだ。
私自身は、私が講師をしているバンタン電影アニメマンガ学院のブースで、アニメ作画のデモンストレーションをするために参加したのだが、その合間を縫って、フランスで日本のマンガやDVDを販売をする会社のTOPクラスの方へのインタビューを試みたり、現地に暮らす日本人から生の声を採取するなどして、フランスのアニメ・マンガ事情を調査してきた。
日本で人気の作品が、そのままフランスでもブレークしていると思いきや、そう単純ではなく、今日の隆盛の影には様々な紆余曲折、丁々発止があり、更には日本のポップカルチャーを愛し、自国に紹介するために汗を流してきた人たちのドラマがあったのだ。
-日本のアニメ・マンガ、受け入れの経緯-
そもそも日本のアニメ、マンガがフランスで受け入れられたきっかけは、1978年、永井豪原作、東映動画(現、東映アニメーション)制作のTVアニメ「UFOロボ・グレンダイザ-」がブレークしたのが発端だった。現地では「ゴルドラック」というタイトルだったそうだが、その放映時間には外で遊ぶ子供がいなくなるほどの人気番組となり、以降、日本のアニメは怒涛のごとくフランスに流入していった。
日本のアニメに対して大人世代からは、暴力的だとか、倫理的に問題があるとか、批判的な意見が多くあったようだが、子供たちの圧倒的な支持はそれらを駆逐するに余りあった。しかし、90年代に入り、アニメ「キン肉マン」に登場したブロッケンJrというキャラクターがナチスドイツをモチーフにしていたことが問題となり、一気に日本のアニメの排除が行われた。日本アニメ、空白の10年の始まりである。
この間に、フランスのアニメファンたちは日本語のマンガを入手して読むようになり、その流れを受けてフランスの出版社が日本のマンガを輸入し、翻訳して販売するようになった。
はじめはヨーロッパ式に左読みにする為、絵を反転していたが、91年、日本式の右読みで「ドラゴンボール」が出版され大成功を収めたのをきっかけに右読みが定着。日本のマンガはあっと言う間に市場を拡大し、フランスはヨーロッパ最大の日本マンガ市場になって今に至っている。
90年代中には、アニメに対して起こったバッシング同様の非難が日本のマンガに対しても起こったが、その背景にはフランスのマンガが駆逐されるのではないかと恐れるフランスのマンガ出版社からの働きかけもあったようだ。
フランスには「バンドデシネ(通称BD)」と呼ばれるアートマンガがあり、フランス人はこれを誇りにしている。BDはカラーが主体で、ストーリーよりも絵が重視される形態なので、ドラマ性の強い日本のマンガはそれとは住み分けた形でフランス人の心を掴み、ヒットを勝ち取ったと言える。
日本のマンガがフランスでヒットしていると言うと、書店にコミックスが並んでいるようなイメージを抱かれると思うが実際はそうではない。マンガ販売の中心は量販店なのだ。
しかも、量的には圧倒的にBDの方が勝っている。BDという市場があったが故に、日本のマンガが受け入れられたと言っても過言ではないだろう。
アニメの空白期に浸透していったマンガ人気に後押しされて、1999年、アニメ「ポケモン」がフランスで久々の日本アニメとして放映されるや、再び日本のアニメは解禁となり現在に至っている。
-現在のフランスのアニメ・マンガ事情-
日本のアニメの空白期は、図らずもフランスのアニメ業界の活性化にも繋がることになった。
現在、フランスでは一年間に数本の劇場用アニメが制作され、国内外で高い評価を受けている。アニメ会社は50を数え、高い技量を持った2500人近いアニメーターを有し、数多くのテレビアニメをも制作して欧米各国へ輸出している。日本やアメリカのように、安いコストを求めて海外に下請けを出すということはせず、全制作工程を国内でこなして高いクォリティを保っているのだ。
そのようなしっかりした基盤を支えているのはアニメ・映像系の専門学校である。特に有名なのはゴブラン映像学校だ。優秀な卒業生はディズニーやドリームワークス、ピクサー等、世界最大手の映画会社から引っ張りだこだと言う。フランスは今や、世界に人材を輩出するヨーロッパ最大のアニメ大国となった。
ところで、日本では、人気のマンガがアニメ化されると、その原作マンガが更に売れるという相乗効果が一般化しているが、フランスでは外国アニメの放送枠が狭いため、これまでは相乗効果があまり望めなかった。しかし昨今、日本のアニメがほとんどリアルタイムに、ネット経由でフランスに入るようになった。しかも有志(?)による、フランス語の字幕付きでだ。これは明らかに違法なのだが、サーバーがアメリカにあるため取り締まれないのだそうだ。
また、日本のテレビドラマも同じようにアングラサイトによってフランス人に楽しまれている。現在、日本のテレビドラマのほとんどがマンガ原作のドラマ化なので、結果として原作のマンガがヒットするという効果に繋がっているのだ。
ちなみに、フランス人は、日本のファッション情報にも強い関心を持っており、日本で発売されたファッション誌がすぐにスキャニングされて、アニメやドラマ同様、ネットでフランスに流れているとのことだ。フランスこそファッションの本場と思っていた私にとっては驚愕の事実である。日本語の「カワイイ」という言葉はフランス人なら誰でも知っているようだ。
日本では、ヒットしたマンガがアニメ化されるだけでなく、アニメのコミカライズ(マンガ化)、マンガのノベライズ(ノベル化)、もしくはゲーム化、ドラマ化、映画化など、ヒット作品が一つのジャンルに留まることのないメディアミックスの時代に入って久しい。フランスではさすがにライトノベルのヒットはないだろうと思っていたが、ライトノベル原作のヒットアニメ「涼宮ハルヒの憂鬱」の原作が翻訳され、年内にもフランスで発売されるとのことで、ここまできたかの感がある。
少女をターゲットにした少女マンガというジャンルは日本独自のものだが、「フルーツバスケット」や「NANA」のヒットで、今やフランスでも一つのジャンルとして定着している。
-フランス人が日本の作品に求めるもの-
日本のヒット作品がそのままフランスのヒット作品になるというわけではないようだ。例えば、ジブリアニメのベストを選ばせると、日本では「天空の城ラピュタ」になるが、フランスでは「ラピュタ」は下位で、トップは「もののけ姫」次いで「千と千尋の神隠し」となる。やはり日本の作品に求めるものは日本的なものということになるのだろうか。
「美少女戦士セーラームーン」などのヒットからも推測できるのだが、サクラの国の少女が制服を着て戦う姿はフランス人にとってエキゾチックに映るようだ。圧倒的な人気作品「NARUTO」もやはり日本的な忍者ものである。
マンガのヒットに関しては、自然発生的なものだけでなく、意図されたものもあるようだ。今回、日本のマンガ販売に関しては老舗といえるほどの歴史を持つグレナット社の代表、ファーヌ・フェラン氏にもインタビューさせていただいた。
フェラン氏によると、20年前に日本のマンガをフランスに紹介して以来、毎月のように来日して、いい作品を探しているとのことだ。
フランス人に好まれるマンガという観点で買い付けをするだけでなく、「これはいい作品だからそれほど売れなくても紹介したい」という作品も一定の割合で必ず買い付けているというのだ。
例えば、フェラン氏が発掘した漫画家の一人に、谷口ジロー氏がいる。谷口氏は青年誌で活躍するベテラン漫画家で、数々の受賞暦もあるが、若い人たちの認知度はかなり低いだろう。私は谷口氏の「犬を飼う」という作品を読んだことがあるが、熟練の演出技と作家個人の良心に裏付けられた感動的な傑作だ。現在、谷口氏はフランスだけでなく、イタリアやスペインでも有名で、数多くのファンがおり、実際にヨーロッパで数々の漫画賞を受賞している。
あくまでも私の印象だが、日本人はマンガを暇つぶしの読み物として扱う傾向があるが、フランス人はバンドデシネの歴史のもとで、マンガを文学と同列に扱っているように思われる。そんなフランス人にリスペクトされ、高い評価を得ている日本の漫画家がいることをとても嬉しく思うのだ。
フェラン氏に「日本の漫画の魅力は何か」と尋ねたところ、帰ってきた言葉に始めは意外性を感じたが、最後には十分に納得がいった。氏曰く「日本の漫画は教育的なアートエンターテイメントだ」とのこと。
要するに、マンガを通して、食の世界、スポーツの世界、サラリーマンの世界など、様々な世界、業界のことが詳しく学べ、そこに携わっている人たちの誇りや喜び、そして苦悩までもが分かる。そんなところが魅力的だと言うのだ。例えば「神の雫」という作品は、フランス人が誇りとするワインの世界をとても良く読者に知らしめてくれているので嬉しく思っているとのこと。フランス人は探究心が強いそうで、そんな彼らの琴線を日本のマンガは激しく震わせるのだそうだ。
フランスの逆襲?
今、フランスに日本のアニメやマンガをバッシングする動きはほとんどない。なぜかというと、かつて、バッシングの中でマンガを読み続けた世代が今や大人となり、更にその子供がマンガを読む年代になってきたからだ。完全に日本のアニメ・マンガはフランス人に受け入れられたと言って良いだろう。
ただし、「フランス人は日本のポップカルチャーが好きなんですね」と、上から目線でほくそ笑んでいられる時代はどうも終わりかけているようだ。
ジャパンエキスポでも特大のブースを構えていたが、フランスにアンカマ社というゲーム会社がある。アンカマ社は今年の3月に日本のディーエルイーという企業と業務提携をして、日本に支社を構えた。アンカマ社は「Dofus」というゲームをヒットさせたのだが、日本を舞台にしてそれをアニメ化、マンガ化、グッズ化展開していこうとしているのだ。
日本のポップカルチャーを知り尽くしたフランスの企業が、いよいよ日本に反転攻勢をかけてきたとも言えるが、そう目くじらを立てることはないだろう。文化を通してお互いを理解し合っていくことは、まさに平和への最短距離だからだ。
学生たちには、このような世界の潮流を逐次伝え、大きな目でクリエイティブ業界を見据えていけるよう育てていきたい。また、そんな日本の若者たちが海外のポップカルチャーをどう受け止めていくのかを関心を持って見ていきたいと思う。二つの文化が、摩擦しながらも融合していったところに新たな文化が生まれてくるからだ。