飲食業やスーパーだけじゃないよ。一流といわれる企業でも、特に若手男子社員の酷使が一般化しているような気がする。知り合いの入社数年目の若者の帰宅時間が翌日になることがあるって聞いて驚いたが、本人はそれを当たり前のように受け取っていた。

当然離職率はアップするだろうが、企業はそんなことは想定内だ。日本経済が若者の「使い捨て」で成り立っているとしたら、これはちょっと恐ろしいことだね。

働く そして、家族は<下> 過労強いられた息子

2009年4月23日

「おまえが来てくれると、おれが休める。働かないか」

二〇〇七年秋。埼玉県加須市のパート前沢美保さん(31)は驚いた。二歳年上の兄でファミリーレストラン店長の隆之さんが珍しく助けを求めてきたからだ。

その翌日、隆之さんは業務中に異変を感じ病院へ。そのまま入院、八日後に脳出血で死亡。過労死だった。

母笑美子さん(60)は駆けつけた病院での光景が忘れられない。

「隆之が点滴を受けながら、自分の穴を埋めるため携帯電話で店員に指示していた。普通、会社のすることでしょう? なんてひどい会社なの」

高校二年から同店でアルバイトとして働き始めた隆之さんは〇六年春、契約社員の身分で店長になった。それまでバンド活動やスポーツなど趣味も楽しんでいたが、仕事一辺倒の生活に変わった。

午前七時に出社、深夜二時まで働いた。残業時間は月二百時間を超えていたという。笑美子さんは「店長になって半年で顔つきが険しくなった」と振り返る。大丈夫?と声をかけても「休んでいる場合じゃない」の一言だけ。帰るとすぐ自室に消える。家族で食事をする機会もなくなった。

店長契約は一年ごとの更新だった。「更新時期が近づくと、長時間労働で頑張ってしまう。有期雇用が死に追いやった」。東京東部労組の支援で、謝罪と損害賠償などを求めて店側と交渉中だ。

二十六年前に離婚し、一人で子ども二人を育て上げた笑美子さん。将来は親子三人で飲食店を開くのが夢だった。「無理を言ってでもやめさせておけば…」。心の傷が癒やされることはない。

長時間労働など過重業務は、労働者の健康状態に影響を及ぼす。厚生労働省によると「過労死」の労災請求件数は〇三年度から三百件以上で推移。また「過労自殺」(未遂も含む)も〇五年度から百五十件前後の請求が続いている。

「きょう病院に行くんだぞ」

「行かなくても大丈夫」

「体の確認をしないとダメだ。会社と家族どっちが大事だ」

二月、仙台市の会社員上谷隆彦さん(52)=仮名=は絶対に譲らない覚悟で、都内の二十四時間スーパーで働く長男晴人さん(23)=同=の家に乗り込んだ。

「分かった」。父親の必死の説得に、長男はしぶしぶ従った。医師は十日の休養を命じた。

息子の働き方が気になりだしたのは入社間もない昨年春。息子の会社の同僚が過労でうつ病になったと報道された。自身管理職で労組経験もある上谷さんは、息子に「出退社時間をメールで知らせて」と連絡した。

昨年の盆明けから労働時間が増え始め、午前九時に働き始めて午後十時を超える勤務も多かった。二十四時間ぶっ通しも二日あった。通勤だけで往復三時間、睡眠時間は短い日は四時間。週休二日とはいえ心配だった。「息子の同僚の例からみて、二年目になると間違いなく週休一日になる。体育会系の息子は倒れるまでやるはず。そんな姿は見たくなかった」

昨秋以降一日二回メールし、息子の様子を確認した。周囲は「構い過ぎ」とあきれ、自身の業務にも少なくない影響が出た。でも労働者を大切にしない企業に、入社したばかりの若者は対抗できない。親が介入して、助けてやらなければ。

最後まで「やめろ」と言わなかった。「息子のプライドもある。心の傷が浅くて済むように、気づかってきた」

休養期間中、息子は実家に戻ってきた。母の手料理で心の張りがほぐれたのか、「おやじ、おれ、やめるよ」と吹っ切れたように話した。

息子は今月、会社を退職し、すでに仙台で本格的な再就職活動を始めた。

雇用の問題は労働者だけでなく、その家族も巻き込む。日本女子大の大沢真知子教授(労働経済学)は「昨秋の経済危機以降、低賃金、不安定雇用、長時間労働などの歪(ゆが)みが労働者だけに押しつけられ、住宅喪失や一家離散に追い込まれる人も増えた」と分析。その上で「正社員にも、ワーク・ライフ・バランスを考えた短時間労働などの柔軟な働き方を進め、正規と非正規の壁をなくすと、安定した雇用が増える。税制・社会保障制度の改正で、適用に雇用形態で差を設けない形にする必要がある」と訴える。 (服部利崇)