ようやく改正臓器移植法が成立した。今回ほど党派に関係なく議論が真二つに分かれたケースも珍しいと思う。多くの人は現代医学の要請と息のある遺体を傷つけることへの畏れの間で揺れ動いただろう。

死の定義に関しても、はっきりと「脳死は人の死」と踏み込んだ。これは大きな決断だと思う。それだけ臓器提供を待ち望んできた人々の気持ちが強かったということだろう。

いずれにしても日本は本格的な臓器移植時代に突入するだろう。その技術は十分あるのだから。

改正臓器移植法成立:「死の定義」歓迎と苦悩

脳死は人の死--。死の定義を変え、家族の同意で子どもの臓器提供を可能にする改正臓器移植法が13日、成立した。国会会期末を目前に控え、衆院解散・総選挙の日程があわただしく決まる中、制定から12年を経て法改正が実現した。海外渡航しか命を救えない子どもへの移植がようやく国内で実現することを歓迎する声が上がる一方、心停止後の子どもの臓器提供を経験し、苦悩の日々を送った家族はドナー(臓器提供者)側への配慮を強く求めた。【野田武、高野聡、山田大輔、奥野敦史、江口一】
◇「これで助かる子が」…海外で移植経験

05年にドイツに渡航して心臓移植を受けた小学6年の女児(12)の父親(49)=和歌山県在住=は「日本には技術があるのに、なぜ子どもの心臓移植ができないのか疑問だった。国内での移植へ向けて前進した」と成立を喜んだ。

女児は04年8月、拡張型心筋症と診断された。心臓の筋肉の働きが弱くなり、血液を全身に送るのが困難になる原因不明の病気。重症化すれば移植しか治療法はない。

翌月、大阪大病院(大阪府吹田市)に入院し、補助人工心臓をつけた。翌年5月、親族らが募金活動で集めた約7000万円でドイツへ。1カ月後に移植を受けた。

女児は臓器の拒絶反応を防ぐため、免疫抑制剤を生涯飲み続ける必要がある。免疫が低下しているため、学校で風邪がはやった時には登校を控える。刺し身など生ものを避ける制限もある。でもそれ以外は普通だ。「こんなに元気になったのかと、考えられないくらい」という。

「移植でないと助からない子どもがいる。ドナー側の皆さんは、複雑な思いを抱えて決断されると思うが、一人でも二人でもそういう人が出てきてもらえば」と父親は願う。
◇今思う「自分のため」…長男の腎臓提供

兵庫県篠山市で小児科医院「すぎもとボーン・クリニーク」を開業する医師、杉本健郎(たてお)さん(60)=小児神経内科=は「脳死判定後も長期間心停止しない子どもの『長期脳死』の症例も報告されているのに、『脳死を人の死』と法で決めてしまっていいのか」と批判した。

杉本さんの長男、剛亮(ごうすけ)ちゃんは85年3月、6歳で交通事故に遭い、脳死状態となった。突然の不幸に混乱する中、脳裏に浮かんだのが「剛亮ちゃんの生きた証しを残してやりたい」という考えだった。

心停止後の腎臓提供を申し出、積極的な延命治療を中止。人工呼吸器を外して容体を見守った。「数分で止まる」と言われていた心臓は約30分間動き続け、徐々に皮膚の色が黒ずんでいったという。腎臓は2人の患者に移植され、杉本さん自身も剛亮ちゃんの死を受け入れたと感じていた。

だがその後、カナダに留学し、子どもの立場からケアに当たる現地の医療体制を知り、自分の意思だけで臓器提供したことに後悔の気持ちが出てきた。「自分は長男の思いを意識せずに提供を決めてしまった。自分の行為は、悲しさを癒やしたいがための自分のための行為だったのでは」と振り返る。
◇「最低限のみとりを」…5歳長男が提供

「自分の子や孫が目の前で脳死になっても喜んで臓器提供するんですね、と賛成議員に一人ずつ問いたい」。25年前、5歳だった長男が心停止後に臓器提供に応じた愛知県豊橋市のタクシー運転手、吉川隆三さん(60)はA案可決を家族の電話で知り、声を震わせた。

84年、長男忠孝君が急病で脳死状態となり、心停止後に腎臓を提供した。「他人の体を借りてでも息子を生かしたい」との親心からだったが、「これで良かったのか」と悩む日々が何年も続いた。

吉川さんは臓器提供者(ドナー)の家族同士が思いを分かち合う集いを呼びかけ、「日本ドナー家族クラブ」の00年発足に尽力。家族の心の痛みをケアし支える「ドナー・コーディネーター」の公的組織の設立を訴えてきた。国会審議にも注目してきたが、改正法には期待したドナー家族への配慮は何も盛り込まれなかった。

「米国では大統領夫人がドナー家族の集いに参加するなど、国を挙げて善意に報いる姿勢を示している。しかし日本では『ほったらかし』の状態」と指摘。「突然不幸に襲われ、『一瞬』で判断しなければいけない。肉親の死を受け入れる最低限の『みとり』の時間がほしい。法改正でますます家族がせかされるのではないか」と懸念を示した。
◇賛否両派が会見

改正臓器移植法の成立後、賛成、反対両派が国会周辺で相次いで記者会見した。

成立したA案提出者の中山太郎衆院議員らと臓器移植患者団体の代表、移植医らは繰り返し握手を交わし、法改正の実現を喜んだ。「脳死を人の死」とする死の定義を変更することには強い反対もあったが、中山議員は「臓器提供者(ドナー)の家族はいつでも提供を拒否する権利がある。今後の努力で国民の不安は払しょくできるはずだ」と強調した。

一方、「臓器移植法改悪に反対する市民ネットワーク」の川見公子事務局長は「解散・総選挙ありきで、長期脳死やドナーの問題など、重要な論点の審議が短時間で打ち切られてしまった。人間の生と死にかかわる法案がこのような形で成立したことは、後世に汚点を残す」と強く批判した。